「エルゼさんは、どうして、ここに」
「お前の言う通り、あれは罠だった。だがボスは本当に」
「知ってます。あの人は、本当に、誘拐されてる」
なぜ、お前がそれを知っているんだ。
「案内します、俺が。どうか、信じて」
アーシュトレイは脇腹を押さえて立ち上がった。俺は手を貸したが彼はそれを無言で払う。ふらつく足で壁を伝って、アーシュトレイは外へ向かって歩き出した。俺は部屋を見渡した後で銃弾を素早く手に取ると、彼の後を追った。
何がどうなっているのかさっぱり分からない。だが今照らされている道はただ一つである。アーシュトレイはボスの所へ案内すると言っているのだ。信じるも信じないもない。俺にはそれしか頼りがないのだ。
怪我をしたアーシュトレイの一歩は随分と遅いものであった。既に朝方と言っても通用する空の下を歩いているのだが、そんな事を気にするよる余裕はないのだろう。だが大通りには出なかった。裏の人間としてそれだけは覚えているのかもしれない。
ただ、彼は一心に何処かへ向かっていた。それが何処か、俺には検討がつかなくて、途中まではただの迷子の様に辺りを見渡していた。だが彼の目指していた場所に着いた頃、俺は迷子ではなく関係者となっていた。そう。
結婚式前殺人事件の現場である小屋についた頃には。
「アーシュトレイ」
彼は無言で頷いた。俺はそれを見て拳銃を手に持ち扉を開ける。その時点で、ボスの姿を確認する事が出来た。ただそれは、こめかみに猟銃をつきつけられた姿であったが。
俺は猟銃を持っている奴に銃の照準を定める。だが、発砲するのはためらわれた。猟銃を手にしている男の存在を、俺は単純に理解出来なかったのである。
「よく来たな。やっぱりあいつらは使えなかったか」
「あいつら、って」
「第三倉庫の奴らはお前を殺す担当だったんだ」
「俺を?」
「それに、この一年お前を襲い続けていた奴らもな」
「じゃあ」
「そうさ。あいつらは全部俺が仕向けたんだ」
俺を殺そうとしていたのか、その、一年も前から。俺は一瞬だけボスに目をやった。彼は部屋の一点を見つめたまま瞬きすらしない。潔いと言えばその通りであるが、諦めている様にも見える。
「銃を捨てな、エルゼ。お前のボスを殺されたくなけりゃあな」
あいつがやった、とセルは言っていた。その言葉はセルも知っている人物だと言っている様なものであった。それにボスは、一年ぶりに煙草が吸いたいと言っていた。
煙草。
そのキーワードで連想される人物は俺に関して言えばただ一人だけである。それが彼の言う通りイエス・キリストの如く復活したのだ。
「シガー」



