鎖の分だけ扉が開いている状態になると、ラボは俺たちに背を向けた。
正確には『背を向けたと思う』だが。隙間からは中の様子がよく分からない。そしてセルはその隙間に立ちはだかり、扉を固く閉めていた。
「おい、ラボは」
「そんな事よりボスを探した方がいい。本当に殺される」
「誰に。一体何が起こってるんだ」
セルは決して口を開かなかった。さっき『あいつがやった』と言ったではないか。それは何かを知っていると言っている様なものではないか。だがこれ以上聞いた所で、彼は話してくれない。
俺は彼に一言、助けてもらった礼だけ告げて第三倉庫を後にした。
ボス誘拐は狂言ではなかった。その情報が聞けただけでも十分な収穫である。俺は一度アパートへ戻る決心をした。今からボスを探して街を駆け回るのも良いが、無駄足は文字通り時間の無駄である。
街の夜明けは近かった。
とにかく銃弾の補充をしなければならない。臆病者の俺はそうでもしなければ彼を助けになんて行けないだろう。ボスの事に関しては、それから考えても遅くはないはずだ。俺はアパートへの道のりを歩きながら、欠伸をした。未だに危機感がないのかもしれない。
ボスは誘拐されたからと言って簡単に死ぬ人ではない。俺はそれを知っているのだ。奴らとは違って、彼の事を知っている。姿だって、身なりだってよく知っている。
アパート近くへ来ると、待ち伏せしている奴が居ない事に気が付いた。やはり今日は引き上げるのが早かったらしい。この分ならアーシュトレイも無事に部屋までたどり着けているだろう。
俺は古ぼけた階段を上り、一番奥の部屋まで歩いた。扉を開くと、階段よりも古ぼけた音が耳に届く。俺はそれを最大限に静かに開けて、部屋に入った。部屋は電気さえつけられていなかった。俺は足元を確認しながらリビングへ進んでいく。
「アーシュトレイ」
一言、小さく呟いてみた。まさかこの部屋の冷蔵庫にも毒水が入っていたのではあるまいな。それともあのコップの淵にも塗られていたのだろうか。その毒が今頃……。
「エルゼ、さん」
ふと、声がした。声をたどれば彼がソファーの下でうずくまっているのを発見できた。寝ている間にソファーから落ちてしまったのだろうか。そんな事を考えていたが、彼の声音がどうもそれを否定した。
少しばかり苦しそうなのだ。そして俺は彼の脇腹にナイフか何かで切られたような傷を確認する事が出来た。血が滲んでいる。
ようやく事の重大さが分かってきた俺は、急いで彼に近寄った。
「アーシュトレイ、平気か。誰にやられた」
「エルゼさんこそ、頭から血、出てますけど」
「答えろ。誰にやられたんだ」
「……ボスの、仲間に」
ボス、だと?
どうしてここにボスが出てくるのだ。それに、彼はアーシュトレイの存在を容認していたではないか。武器まで用意してくれると豪語していた。なのに何故アーシュトレイを傷つける様な真似をするのだ。
俺の力を試す為か? いや、それにしては手が込みすぎている。それにボスは誘拐されたとセルが言っていたではないか。だが、現にアーシュトレイはボスの仲間がやったと言っている。何が真実だ。何を考えれば正しい道へ行けるのだ。



