【3・ぼくと消火栓ロボ】
 子供の頃には、子供の時だけの友達がいる。
 そんな友達はある日にパタリと記憶から居なくなってしまって、大人になったある日に不意に思い出す。そんな事が誰しもあるのではないだろうか――

 自宅と小学校の間には、住宅の入ったビルに交じって、事務所ばかり入ったビルがあった。そこは薄暗く、ジメッとしている。
 小学校の時は、何が面白かったのか、よくこの建物に忍び込んで怒られていた。
 でも、15何年も経つと、何がどうしてなのかそのビルで働いているわけで、人生なんてきっとそんなものなんだ。
 しかし、どうしてか、そのビル自体取り壊される事となった。なので、俺の働いている事務所もこのビルから引っ越す事を余儀なくされた。
 相変わらずこの建物は薄暗く、ジメッとしている。事務所が入っていた時期はそれなりにコピー機の動く音がしたり、電話の音が鳴り響いたりしていたが、今は耳が痛くなるほど静かだ。
 特に3階まで上がると、3階の事務所は全て足早に引っ越したので、物音一つしない。時折、窓の外からの響いてくるエンジン音がやたらと大きく聞こえ、再び静寂が訪れる。
 この階に残っている物は薄暗い廊下の一番奥で赤々と光っている消火栓くらの様だ。
 大き目の消火栓。ジャンプしたら触れるかというくらいの位置に警報ベルがあり、その下で赤いランプが光っている。そしてさらにその下にはベージュ色に塗られた、ホースの入った扉があり、その扉には四角くくり貫かれて、赤いボタンが3つ顔を覗かせていた。
 俺は消火栓の前まで行くと、壁についたランプに触ってみた。すると不意に過去の記憶が蘇る。
 「そういえば、昔はこのランプにすら手が届かなかった気がする」
 そんな事を呟きながら、ランプの上側に溜まった埃を拭ってしまった手をパンパンと払っていると突然『ハクショイぃ!!』というおじさん臭いくしゃみが響く。
 驚いて周りを見回す。
 「……誰もいない」
 当たり前だよな。少し、息を吐いて気持ちを落ち着かせると、俺は消火栓のすぐ横の階段に目を向ける。
 「最後だし、上がってみるか」
 再び独り言を呟きながら、俺は屋上に続く階段を上る。そんな最中も何だか視線を感じる気がした。

 屋上へ続く扉は昔と変わらず閉まっている。
 しかし、子供の頃には手が届かなかった窓は簡単に開けられた。
 小学校の頃はこの窓の向うを見てみたいと必死だったのに、現実は空も見えやしない、隣のビルの壁が広がるだけ。
 どうして、そんな当たり前の事を子供の頃の自分は気付かなかったのだろうか。