なんだというのだろうか。でも、私はその気迫に完全に負けた。
 仕方ない。今日一日はこの首輪を着けておく事にしよう。

 その後、お隣さんに見送られて家を出た訳だが、結局一日中イライラとしていた。
 それなのに移動回数は多く、気を付けてはいるのに何度も何度も危険な目に遭う。
 これが厄日というものなのだろうか? 普段は車の通らない道なのに何台もの車が通ったり、一方通行を逆走してくる車がいたり、細い道で大型トラックが追い抜きをかけて来たり、子供が飛び出して来たり。
 兎に角、いつもとは勝手が違い何度も事故に遭いかける。
 それでも、何とか無事故で用事は終わり、空はすっかりと赤く染まっていた。
 後方から指す夕日に、街も真っ赤になっていた。疲れた自分の影が長く道路に伸び、車に轢かれていく。しかし、もう急ぐ事もない。
 私は気持ちを落ち着かせ、ゆっくりと道を走る。夕方の県道は通行量がとても多く何台もの車に抜かされる。
 目の前の信号が黄色に変わり私は余裕をもってブレーキをかけて止まった。交差する道路も車が多く次から次へと焦っているかの様に車が横切る。
 「現代社会はせわしいなー」
 焦る車たちを眺めつつ、朝に装着された首輪を指で弾く。
 そして、もうすぐ信号が変わりそうな時にだっただろうか。目の前の横断歩道を一人のスーツの男が通った。真っ黒な喪服の様なスーツ。何故かその男に違和感を感じたのだ。顔は良く見えなかった。でも、その男はニヤリと笑ていた気がする。
 『――ワン』
 犬の鳴き声にハッと意識を取り戻す。
 信号はすでに変わっており、慌ててアクセルを捻った。隣を走っている車はすでに交差点内におり、私はその車の横を追いかける様に走る。
 しかし、予想外の事が起きたのは横に並んだ瞬間だった。
 信号は確かにこちらが青。なのに、まるで私を狙った様に車が突っ込んでくる。避けるにもすぐ横にも車が居て逃げ場がない。
 『そのうちに事故を起こすんだ』
 私の脳裏に自動車学校の講師の話が蘇る。
 「今日、一日で死神を同乗させ過ぎたかな……」
 小さく嫌味を呟き、衝撃に備えて硬く目を瞑った。
 けたたましいブレーキ音と車のへしゃげる音。プラッチクがパリパリと音を立てて粉砕される音が耳に入る。しかし、一向に体には痛みが走らない。ソッと目を開けてみると、目の前では二台の車が鉄屑と化しているではないか。
 私は茫然として自分の胸に手を当てた。どうにも生きているらしい。
 状況が掴めず、鉄屑と化した二台の車を見つめていると、体育祭等で応援団が作るボンボンの黒版みたな、黒いもけもけとした塊が車の中から出てきて四方に散って行く。
 生き物として認識するには異様なその物に対して、夢でも見ているのだろうかという疑問を抱き、首を傾た。
 「あれ? 首輪がない」
 首に触れて見ると、確かにお隣さんに着けられた首輪が無くなっているではないか。