愛奈が自分は人とは違うと気付いたのはちょうど物心がついた頃であった。

 あの頃はまだ父親も母親だっていた。


「お母さん、あれなぁに?」


 幼稚園に迎えに来た母と手を繋いで帰る、いつもの家路。

 そこに忽然と現れた真っ黒な空間を指差して、愛奈は首を傾げた。

 母は一瞬動揺する表情を見せた。だが、すぐに元の顔に戻り、

「どれのこと? お母さんには何も見えないなぁ」

と戯けた調子で答えた。

「あの黒いやつだよ! あの真っ黒い穴、見えるでしょ!! 前に幼稚園でも見た! みんなに教えてあげたんだけどね、みんなも見えないって言うんだよ……」

そう言った途端、

「何を見たの⁉︎ 他に何か見た⁉︎ いつから見えたの‼︎」

 母は血相を変えて矢継ぎ早に問いかけた。これには何かある、ということは自明だった。

 愛奈は最初は、母のあまりの豹変ぶりにポカンと口を開けて母を見つめ返すしかなかった。

 だがやがて自分の言ったことが初めて認められたようで嬉しくなり、ペラペラとまくし立てた。



 ずっと前から様々な頻度で様々な場所と時間で見えたこと。
 自分が手をかざすと消えてしまうこと。
 大きいのは大人ぐらいの大きさで、小さいのは小銭ぐらいの大きさしかないこと。
 色んな形の穴があり、色んな穴の開き方があること……。



 母はただ、うんうん、と優しい表情を浮かべて黙って聞いていた。

「ーーでもね、あいちゃんこれ以外はなあんにも見てないよ!」

 

 愛奈が言い終えると、母はいつもの母に戻って、



「あいちゃんはすごいのね! だけどね、このことはお母さんと二人だけの秘密だよ。守れる?」  

 そう言って右手の小指を愛奈に差出した。



「うん‼︎」



愛奈は自分の小指を母のと結ぶ。















 ゆーびきりげんまんーー














 そんな母の笑顔が悲愴に滲んだのは、ほんの刹那だった。