男は、二十代半ばで、髪にウェイブパーマをかけたスマートな感じのサラリーマン風だった。



(この人、多分、東京から来た出張客ね…)


センスのあるブルー系のネクタイと言葉の感じから、ユリは思う。


オーダーが済むと、男はすぐにユリから視線を外し、店にあったスポーツ新聞を広げた。


「御馳走様。冷や汁、美味かったよ。」


帰り際、男はそう言ってスーツの内ポケットから財布を取り出すと、二枚の千円札と一緒に、自分の名刺をレジに立つユリに手渡した。


「俺、ここのホテルの三十三階に泊まってるんだ。
景色、めちゃくちゃ綺麗だよ。
良かったら見においでよ。
十日まで宮崎にいるから。
電話、フロントに繋いでもらって。」



男が立ち去ったあと、ユリはレジの陰に隠れて、名刺を見る。


白い紙片には、ユリの小遣いでは決して手の届かない有名化粧品メーカーの社名と、カタカナの役職名、[水野和馬]という男の名前、それに部屋番号が記されていた。




名刺をもらった翌日の土曜日の午後、ユリは和馬の泊まる部屋を訪れた。


仕事が午前中で終わるから、と和馬が指定した午後二時ピッタリにホテルの部屋のチャイムを鳴らす。



「いらっしゃい。」


黒いポロシャツにジーンズ姿の和馬が柔らかい笑顔でユリを出迎えてくれた。

昨日のかっちりとしたスーツ姿も良かったが、私服でリラックスした彼は伸びやかな好青年だった。


和馬は、ユリが十七歳の高校三年生だと知ると、心底驚いていた。


二十三歳くらいだと思った、と言った。


「いや、酷い!」

ユリが拗ねると、

「着物のせいで、落ち着いて見えたんだよ。」

和馬は笑ってゴメン、と言った。


ユリの予想は微妙に外れ、和馬は横浜在住で、勤務先が東京だと言う。



「すごくいい眺めですねー。」


まだ夕焼けには時間があったが、紺碧の海がパノラマのように広がる素晴らしい眺めに、ユリは溜息を吐いた。


「地元の海なのに、ここから見るとこんなに違うんだー。ハワイみたい!」


ハワイに行ったことなどないのに、ユリははしゃいで言った。


「夜景は、もっとロマンチックだよ。見てると切なくなるくらい。」


和馬はそんなことをいいながら、備え付けのテーブルの上でインスタントコーヒーを淹れてくれた。



「そうなんだあ。すごーい。
私、初めて来ました~。」


コーヒーを立ったままひとくち啜ると、ユリは戯けて歌うように言った。