降矢の妻は一人ではなかった。


紺色のスーツにネクタイを締めた小柄で痩せぎすの若い男を伴って現れた。



「僕、弁護士見習いなんですよ。
奥さんからのご依頼でご一緒させてもらいます。」


見習いと言ったが、名刺を出そうともせず、とても弁護士には見えない不真面目な感じの男だった。

根元の部分がかなり伸びた茶髪を流行りな感じに立たせ、顎には無精髭まで生やしていた。


降矢の妻は男の意思も聞かずに
「ホット二つ。ブラックでいいから。」
とウエイトレスに言った。




琴美は、自分の目の前に置かれたアイスティに輪切りのレモンが浮いているのを、ただじっと見つめていた。



降矢の妻の薬指に輝く銀色の指輪。



降矢も琴美も指輪をしていない。

琴美がしていないのは、少し金属アレルギーがあるからだ。
反対に透は指輪を付けていた。



降矢がもし、指輪をしていたなら、こんなことには、なっていなかったかもしれない。





ドラマだったら、浮気相手が妻を呼び出し、あれこれ言うのではないだろうか。


昨晩の電話の声の主は、目の前の女と同一人物とは思えなかった。



降矢の妻は、琴美が既婚だということも子供がいないことも知っていた。


降矢が話したことは間違いない。



家庭内別居をしている、全然、夫婦の会話なんてない、と言っていたのに。
軽い衝撃を感じた。



透に対しては罪の意識があったが、不思議なことに降矢の妻には何も感じていなかった。


降矢は息子や娘の話はするが、妻についての話題は一切せず、琴美にとって、それは現実味のない存在だった。



現実の降矢の妻はあまりにも高慢でふてぶてしい態度だった。



「子供がいないから、暇を持て余してるんでしょ。
だからって人の旦那とヤルなんて最低よね。なんで真面目にやってる私がこんな思いしなきゃならないわけ?
私は旦那の仕事の手伝いもして、子供達の世話もしているんだから。
自分も旦那いるくせに、どんだけ淫乱なの。旦那が仕事してる間に自分は男遊びなんて、大人しそうな顔して、やることえげつないったら。
そんなに男とやりたいなら、風俗嬢にでもなりゃいいじゃない。
それなら、人に迷惑掛けないし。」