ケンは咲いていた濃いピンク色のハイビスカスを一輪、手折り、彼女の耳元に翳してやる。


「すげえ、綺麗だ。ゴーギャンの絵みたいだ。楽園の女だ。」


彼女の美しさをケンは精一杯の言葉で賞賛する。


「本当に?ありがとう。」

ユリは、白い歯を見せて嬉しそうに微笑んだ。






水野ユリは、その世界で何よりも一番美しかった。


気が遠くなるほど眩しい百合が浜の風景よりも。

蛍光色の珊瑚に群れる色鮮やかな熱帯魚達よりも。


一週間前、ハワイで焼いてきたという小麦色の素肌のユリが水着のブラジャーを外した時、思わずケンは息を呑んだ。



ユリの雪のように真っ白な乳房…



焼けた肌とのコントラストがものすごくエロティックだった。

可憐なピンク色の膨らみが見えたのは、ほんの一瞬だけで、ユリは両腕で前を覆った。


「どんなポーズがいいの?」

モデルをそんな目で見てはいけない。
だけど、ヌードモデルなど今まで使ったことがない。

どうしたらよいのかわからなかった。


籐椅子に腰掛け、スケッチブックを膝に置いたケンは、真っ赤になったまま、ぶっきらぼうに鉛筆でツインベッドの一つを指差した。


「なんか、ケン、怖い…」

目は睨むように、口元には笑みを含んでユリが言った。


片腕で乳房を隠しながら、腰にパレオを巻きつけた姿で、ベッドの上に横座りし、ケンに背中を向ける。

胸をそらし気味に背筋をピンと伸ばして腕を降ろす。


小麦色のうなじの下に綺麗な肩甲骨が浮き出た。

しなやかな曲線を描くウエストのラインは、芸術的だった。


ユリの水着の跡がくっきりついた華奢な背中に飛び付きたい衝動に駆られる。



「ヴィーナスだ…」


思わずそう呟いた次の瞬間、ケンは
はっとする。



ーダメだ。
俺は表現者だ。

絵を描かなくてはならない…
そのためにこの島に来たんだ。



ケンは、必死で絵を描くことに没頭しようとした。
それは成功しつつあったのに。


ケンが禁欲者でいられたのは、与論島に着いた一日目の夜九時頃までだった。





夜、シーフードレストランからコテージに戻る途中の道で、たった一杯のダイキリで酔ってしまったユリはケンの腕にしがみついた。


暗闇の外灯の下、ユリの大きな茶色の瞳の中に自分が映っているのを見つけたケンは感動した。