透は家で、食事、風呂、排泄、睡眠、最低限の身支度。
それ以外は何もしなくなった。

自分からは殆どしゃべらず、休みの日にはただ、布団に包まって寝ていた。


そんな透を心配しながらも、琴美は、自分に直接関係する [ある現実] に気付く。


夫が、全く自分に触れなくなった事に…



半年ほど前、高校卒業して以来、十八年振りの学年同窓会が開かれた。


案内のメールが届いた時、琴美は迷った。


波のある鬱状態が続きながらも、

『家のローンがあるから頑張らなくちゃ…』

そう自分に言い聞かせるように言い、生真面目に通勤する透。




(追い詰められて、何か悪い事が起こったらどうしよう…)

夫から目が離せない思いで、パートを辞めてしまった琴美に透は言った。


『家のことは気にするなよ。
同窓会、気晴らしにいっておいで。』


『じゃあ、行ってくるね。
二次会には行かないつもりだけど、もし、帰りが遅かったら、先に寝ちゃって
いいからね。』


高校時代の友人たちとは、年賀状を交わしたり、一年に一度くらい会って食事をしたりしていたが、同窓会は初めてだった。



今、考えると、無意識のうち、彼に逢いたいと思っていたのかもしれない。


降矢ケン。


高校二年の秋から、半年ほど交際していた同級生の男の子。

琴美が初めて付き合った男だった。


降矢は美術部で木版画を主にやっていた。


十八年経った今ではなぜ別れてしまったのか、よく思い出せなかった。

喧嘩したわけでもなく、なにか事件があったわけでもなく、ただなんとなく別れてしまった気がした。



子供は欲しかった。


琴美は三十五歳。透は四十五歳。

二十六で結婚してから、九年。


双方の親達からも孫を催促され、
三十になる少し前、もうゆっくりしていられないと、不妊治療の為の検査を受けたことがあった。


その結果、琴美が妊娠しにくい体質であると分かった。


落ち込む琴美に

『いつか自然に子供が出来るのを待とう。仲良くしていれば出来るよ。』

透は楽天的にそう言い、治療も受けずにここまできてしまった。


常識的な思考を持ち、思いやりのある透とは、大きな喧嘩をしたことがない。


子供はもう、半ば諦めた。


それなら、もっと別の方法で夫婦の絆を深めたかった。