東京の大学に進学したのは、遠距離恋愛中、ユリも和馬に夢中だったからだ。


宮崎の田舎娘だった女の子は、都会に出た途端、垢抜けて魅力的な女性に変貌し、二人の愛の比重は変わった。

それでも、ユリにとって和馬は特別な存在に違いなかった。

彼の熱心なプロポーズを受け、大学卒業後、すぐに結婚した。




一年ほど前に、和馬にタイへの転勤命令が出た。

一度は夫についてタイへ渡ったが、ユリは、四ヶ月ほどで一人で帰国した。



「タイは遊びに行くならいいところよ。私には合わなかったの。」


タイも宮崎も似たようなものじゃないか、と帰国を反対する和馬は乱暴なことを言ったが、全然違う、とユリは拗ねた。


ものすごく偏食のユリは、タイの食べ物が合わなかった。

たびたびのスコールにもうんざりした。ユリは雨が大嫌いだ。


会社が用意してくれた5LDKの住まいは素晴らしく、中年のメイドも含め、タイの人々は皆、親切だった。

だから、彼女を断るのが本当に心苦しかったが、家に他人がいるのが嫌だった。

和馬と二人きりだ。
家事などたかがしれている。


メイドをクビにしただけでは、ユリの気持ちは変わらなかった。

しまいには、離婚する、と言い出したユリに和馬は激怒した。

夫には、妻が一人で帰国すれば、貞淑なままでいることなど出来ない、と分かっていた。




「降矢って子、私に電話番号、教えてくれたよ。」

片頬を枕に埋め、ユリがいたずらっぽく笑って言った。

透は天井を向いたまま、顔を顰めた。



「しょうがない奴だな、あの彫刻刀馬鹿…。身体ばかりデカくて。
ガキのくせに。」


「違うよ。降矢くん、好きな子がいるんだけど、どんな風にアタックしたら、付き合って貰えるのか教えて欲しいって私に訊くの。」

透の髪を撫でながら、楽しげにユリは言った。
可愛いくて、たまらない、といったように。

「だから、とにかく押したら?って言ったの。バイト先で待ち伏せするとかね。」