「……家族が心配なんて。
しているはず、ありませんわ。」

ジルは、王太子の御前だというのも忘れて
吐き捨てるように言った。
目を見開いたハインツは、
前に体を少し傾けた。

「…どういうことだ?」

いつの間にか溢れたポロポロと頬を伝う涙を拭ったジルは、
ぽつりぽつり、と貿易船で売られかけた経緯を話始めた。

箍が外れて、弱い自分が見えてくる。
まるで鏡から自分を見ているような
気分になった。
ヒビの入った鏡面の向こうでジルは
むせび泣いている。
悲しくて、辛くて、苦しい。

なにがかは、分からない。
ただ、心が痛かった。

「…信用していたわけでは、ありません。
けれど、叔母は私にもういちど
家族という存在を与えてくれた。
従妹のレティだって、私の事を
扱いやすい利用しやすい従姉だとしか
思ってないのを知っています。
でも、それにすがらないと」

どうしようもなく、寂しくなるのが
嫌だった。という呟きはかき消えた。

激しい怒りよりも、
果てしない悲しみのほうがジルを苦しませる。

ハインツはただ、
ジルの嘆きを受け入れた。