(いえ…、生きていただけでも
良かったのかもしれないわ。)
ジルはそれでも海面に光るものがないかと
懸命に目を凝らした。
あれは、あの指輪は
売られたジルが唯一ベルティエ伯爵家の娘で
あることを表す大事な証拠であり、
失われた家族の絆を感じられる両親の形見
であったのに――――。
「君、怪我はないか?」
上から降ってくる声に
ジルはそろり、と顔をあげた。
胸に勲章がいくつも飾られた
イェルディ王立騎士団の最高位を表す
銀のボタン―――。
イェルディの子供でも知っている。
聖イェルディナの祝福を戴く王太子…
ハインツ・ド・イェルディ殿下。
その人が、ジルに手をさしのべていた。
「だ…大丈夫です。」
手をとることを躊躇ったが
逆に腕を優しく掴まれ、立ち上げさせられる。
間近で見るハインツは
まるで絵に描いたような美しさを放っていた。
金茶色の柔らかそうな髪に、
琥珀色に輝く瞳――吸い込まれるようだ、と
ジルは思った。
「うん。怪我はないな。
とりあえず、君の身許を聞かせてくれるか?」
言われて、ぎくりと肩が強ばったのが
自身でもわかった。
