懐かしい、夢だった。
ジルがまだ幼い頃の、夢。

チェレニー大聖堂の鐘が9回
鳴り響く頃、
火の灯る暖炉のそばで、うとうととしながら
ジルは両親の帰りを今か今かと
待ちわびていた。

(おそいなぁ…おとうさまとおかあさま)

テーブルに並べられた豪華な料理は冷め、
切り取られたケーキもまだ
手はつけられていなかった。

ジルの8歳の誕生日。
春の女神の祝日のその日、
両親は王宮の晩餐会に出掛けていた。

『ごめんね、ジル。すぐに帰ってくるから、
いい子にしているのよ。』

申し訳なさそうに両親は謝り、
王宮へ向かってから早4時間――。
誕生日プレゼントの手作りの
大きなくまのぬいぐるみをぎゅっ、と
抱きしめてジルはうつむいた。

「寒い…。」

暖炉の火が、ぱちんと爆ぜ
突如火が消え、部屋が真っ暗になる。
ジルは思わず「きゃ」と身をすくませ
オイルランプを探した。

メイド達は1階の調理場にいるし、
巡回中の使用人も先程出ていったばかりだ。
誰も気付いてはくれないだろう。
怖い…!

ジルはぎゅっと縮こまって
震える手に力を入れた。その時―――。

「ジル?」