「どうせ今日の夕飯の献立を
考えていたのでしょうけれど、
今日は料理人を呼んでいるから
作らなくて結構よ。」

料理人?とジルは首を傾げた。

「そうよ。あなた、明日で16歳でしょう。」

「…あ、本当だ…。」

ここのところ、
レティの持参金をかき集める為に
仕事のしっぱなしだったジルは
月日の早さに驚いた。

「忘れていたのね。
明日は私もレティもいないから
1日早いけれど、お祝いよ。」

「はあ…」

叔母は「その仕事が終わったら、下におりていらっしゃい。」と言い残すと
ここにいるのも嫌だとばかりに踵を返した。

足音が遠ざかるのを耳にしながら
ジルはほぅっと溜め息を吐いた。

「そうか…明日で16歳なのね。」

くす、と苦笑するとテーブルに置いてある
アメジストの小さな指輪を通したネックレスを手にとる。
ベルティエ伯爵家の跡取りである証――
これも、売ることは出来なかった。

「お父様、お母様。見ていて。
ジルはきっと、ベルティエ伯爵家を再興
してみせるわ。」

16歳になれば、成人と見なされ、
伯爵家の正式な当主として
叔母リーシェから位を戻されることも可能だ。

国王から認められる商売をし
王立御用達の名を手に入れれば
懐も暖かくなるし、
名実ともに再び貴族の仲間入りを果たせる。
ジルは内心で、こぶしを突き上げた。

きっと、聖イェルディナは
見ているに違いない。
運命は、転がってきてくれる。

嬉々として、食堂に向かったジルは
この時知る由もなかった。
まさか自分が運命のイタズラに
翻弄されることなど―――――。