えがお。




 ―俺の初恋-


 俺は変わったんだ。渡辺愛香によって。俺は色々な過去を背負って生きてきたんだ。
 俺のことを知ってる奴らはきっと想ってるんだろう。"悲劇のヒロイン"って。
 確かにそうだろうな。俺にはお兄ちゃんがいたんだ。結構仲がいい兄弟で。ある日
 お兄ちゃんは自殺したんだ。学校でいじめられていたらしい。俺はそんなこと
 知らなかった。だってお兄ちゃんはずっと笑ってたから。お母さんも知らなかった。
 お兄ちゃんが死んだのは俺が10歳の時。それからお母さんとお父さんはおかしく
 なっていったんだ。きっと俺は眼中にないんだろうな。お母さんはずっと泣いてる
 ようになって仲が良かったお父さんとお母さんは喧嘩ばっかりして…。お兄ちゃんが
 死んで、俺だって辛いんだよ、苦しんだよ。今だって思い出せば涙出てくるよ。
 だけど、もう時間は戻らないんだよ?俺だっているじゃん。少しは俺を見てよ…。
 でも、俺はそんなこと言えずに。今は家族で会話なんてない。連絡先の交換だって
 してない。それを家族って言えるのかなんてわからない。だけど、1人は寂しくて。
 それから俺は学校など行かなくなった。中学校も高校も。だって同情されるから。
 学校の奴らが嫌なんかじゃない。自分が嫌だったんだ。惨めだったんだ。自分さえ
 いなければってよく思ったりだってした。だけど、自分傷つけることはしなかった。
 お兄ちゃんがいくら苦しんでてもしなかったように。だけど、高校に入って高2の時に
 信頼できる友達ができた。田中雄一。同じクラスの男。凄くモテて、だから俺と
 雄一で一緒にいると、いつも注目される。『カッコいい』ってね。だけど所詮みんな
 俺と雄一の外見。本当の俺なんて誰も見てはくれない。辛かった、苦しかった。
 雄一の過去なんて何にも知らない。だけど、この世で一番不幸なのは自分っていつも
 そう思っていたんだ。…今日も学校。だけど、行かなきゃ先生がうるさい。しつこい。
 だから俺は怠い体を起こして学校へ向かった。教室に着くと何故かある人に惹かれた。
 …渡辺愛香。最初見たとき、愛香は泣きそうな顔をしてうつむいてた。同情なんか
 じゃない、ただ守ってやりたいって心から思ってたんだ。それから何故か愛香に
 逢いたくて毎日のように学校に行くようになった。だけど、行くたび、女子はうるさい。
 どうせ外見しか見てないのに。だから俺は今まで本気の恋愛でできなかったのかも
 しれない。ある日、学校に行くと愛香は友達と話して笑っていたんだ。その笑顔は
 愛くるしくて…。だけどすぐに悲しそうな顔に戻る。愛香になんの過去があるのか
 なんてわからない。だけど、守ってやりたいそう思えたんだ。そして笑っていて
 ほしい、そう思った。その日の1時限目は数学で俺はずっと寝たふりをして愛香を
 こっそり見ていた。愛香は数学が苦手なのか、ずっと顔をゆがめて悩んでる。
 そんな愛香を見て俺は思わず微笑んだ。…どういてこんなに夢中なんだろう。
 だけど、愛香はきっと俺の事苦手だろう、そんなこと見てわかるよ。でも少しでも
 いいから話してみたい、俺の力で笑わせてみたい、そう思って俺は
 『…おい』
 とかすかな声で話しかけた。でも愛香は自分だと思ってないらしくこっちを向かない。
 『おいっ!お前だよ』
 少し大きな声を出して言った。愛香はビックリしたような声と顔で
 『…あたしですか?なんですか?』
 …まさかの敬語。本当は敬語なんて使ってほしくないんだけどな…。まぁそんなことは
 どうでもよくて、話しかけたのはいいんだけど、話すことがない。とっさに出てきた
 言葉は『頭に虫ついてる』だった。…て、小学生か。だけど、恋愛をまともにしたこと
 なかった俺はそんな女を笑わせるなんてことできない。すると、愛香は顔を真っ赤に
 して鏡を見たりしている。そんな愛香を見てるとまた、自然に笑顔になる。
 俺、愛香の事が好きなんだ。初めての気持ち。どうしたらいいのかわからなくなる
 気持ち。そして『虫なんてついてねぇよ、ばかじゃねぇの?』。俺、どうして
 こんなに強く言ってしまうんだろう。怖がらせたくなんてないのに。すると、愛香は
 笑って『よかったぁ…』とつぶやいた。…笑った。愛香が笑った。その言葉と共に
 俺の顔は赤くなる。俺が愛香を守りてぇ。この笑顔も全て。俺だったら絶対に愛香の
 こと泣かせねぇ。俺の初恋は静かに始まった。絶対泣かせねぇ、愛香の事。
 俺の小さな誓い。誰にも言えない気持ち。そして俺の初恋。