「兄貴がなんと言おうと、俺の気持ちは変わらない。ここを出た日に、俺は小野瀬を捨てたんだからな。なぁ兄貴。どうしてそんなに俺にこだわる?」
苦しそうにそう聞く遼さんに、同じく苦しそうな顔をして何かを言い淀むお兄さん。
「何か事情があるのは分かるが、俺じゃないといけないのか? あずみとの結婚も裏がありそうだし。でもどんなことがあろうと、今の兄貴なら何とか出来るだろう? 悪いが俺は力を貸すことは出来ない。行こう、梓」
手を引かれて扉に向かって歩いて行く背中に、お兄さんが重い言葉を投げかけた。
「俺がそのまま『はいどうぞ』と帰すとでも思ってるのか? お前がその気なら、こっちにも考えがある。お前の大切なその女、壊してやろうか?」
「何?」
初めて聞く遼さんの低く冷たい声。足を止め振り返ると、その顔は怒りに満ち震え、握られている手の力はどんどん強さを増していった。
手がジンジンと痛むのに耐え、遼さんに肩を寄せる。
壊してやろうか?───
お兄さんの恐ろしい言葉が、耳から離れない。
遼さんが首を立てに振らない限り、お兄さんは言ったことを実行するだろう。
本当は怖い。怖くてたまらない。でもそれを悟られてしまうと、お兄さんの思う壺。遼さんが私を守るために、お兄さんの条件を飲んでしまうかもしれない。
身を固くし気丈に振舞っていると、突然遼さんが笑い出した。
「どーしたの梓? そんなに身体を強張らせちゃって。さっきの言葉、忘れた?」
「さ、さっきの、こ、言葉?」
恐怖でろれつが回らない。
そんな私を見て遼さんが、もう一度盛大に笑い出した。



