「こういう事は、きちんとしておいた方がいい。そして金輪際、遼には会わないように。いいね?」
掴まれた腕を振りほどき、黙ったままその場を後にした。
玄関まで行くともう連絡が入っていたのか、私の靴が用意してあった。
「またいらして下さいね」
慌てて来た女将さんが、優しく微笑んだ。
きっと彼女は、心からそう思って言ったんだろう。でも今の私は、その優しい笑顔さえ苦々しく感じられた。
嫌な女に成り下がり、無言のまま店を飛び出す。
店の前の道路に出ると、何も考えずただ呆然と歩き出した。すると、来る時に乗ってきた車が私の横に並び停まった。
「春原様。どうぞ、お乗り下さい。御宅まで送らせていただきます」
同じ歳くらいのお抱え運転手が、後部座席のドアを開ける。
「いいえ、一人で帰れますので結構です」
そのまま横を通り過ぎようとしたら、ものすごい力で腕を掴まれてしまう。
「このまま帰したら、俺が困ります。乗って下さい」
そう言うと店の入口あたりを確認し、私を助手席へと押し込んでしまった。
あまりのことに唖然としていると、運転手が穏やかに話しだした。
「無理矢理すみません。どうしても、あなたと話しがしたくて」
照れたように笑うその顔は、私に“この人は良い人だ”と印象付けるのに十分なものだった。
それでも自分からは何も話さず、彼が話しだすのを待った。



