ハニー・トラップ ~甘い恋をもう一度~


「はぁ……」

駅を出てから何度目の溜め息だろう。
昨日の晩、遼さんに会いに行こうと心に誓ったまでは良かったんだけど……。
いざ遼さんの店に足を進めようとすると、何故だか足が動かなくなってしまう。
大通りから、一本中の道に曲る角まで来たというのに……。

12月半ばの寒空の下、いつまでもこんな所に立っていたら身体が冷えきってしまう。
もう一度大きな溜め息をつくと、重い足をグッと動かした。
ここを左に曲がれば遼さんの店っと思った時、そこに停まっていた一台の黒い車から人が出てくるのが見えた。

「春原梓さん……ですか?」

暗くて顔がハッキリ見えない中、聞き覚えがある声に「はい」と返事をすると、その人影が顔が見える位置まで歩み寄ってきた。
街路灯の灯りが当たり、見えなかった顔が照らし出される。

「あっ……」

そこに立っていたのは、遼さんのお兄さんだった。

何で私の名前を__

驚きを隠せない私に、そっと耳打ちをする。

「君に話がある。一緒に来てもらうよ」

顔は穏やかに笑っているのに、口調からは有無を言わせない底知れぬ怖さがあった。
声を出さずただ頷くと、お抱え運転手が開けてくれた後部座席に乗り込んだ。
隣には、遼さんのお兄さんがいる。

いったい何の話しがあるというのだろ……。

何も分からないまま車は動き出し、遼さんの店の前を静かに通り過ぎた。