「やっと笑ったね」
直幸さんはコーヒーを一口飲むと、静かにカップをソーサーに置いた。
コーヒーの白い湯気がゆらゆらと上がる。
「車の中で全然笑ってなかったから。柳田さんに向けた笑顔も無理して作ったってバレバレ」
私は直幸さんから視線を逸らし、ココアに目を移した。
茶色いココアには私の顔は映らないけど、見なくてもわかる。
今、自分が泣きそうな顔してるってこと…
「聞いたよ。本条グループとのこと」
私は直幸さんの言葉に、ビクッと肩を揺らした。
本条グループとの婚約の話は、まだ世間には公表してないのにどうして…
「どうしてって思ってる?財閥のそういう動きに関して、この世界は敏感なんだ。発表してなくてもすぐ耳に入る。俺らの時もそうだっただろ?」
「はい…」
「ただ今回は正式に見合いとかしてないようだから、皆暗黙の了解で口には出さないってとこかな……あの時の彼とはどうなったの?彼はこの事知ってるの?」
直幸さんは優しく問い掛けてくる。
その声から心配してくれてるのがヒシヒシと伝わってきた。
この人はどうしてこんなに優しいんだろう。

