「離婚した直後、麗奈は誘拐されたんだ」
「え…?誘拐?」
康君の言っていることが今一理解出来ない。
だって、いくら記憶の糸を辿っても誘拐された記憶なんて全くないし。
「やっぱり覚えてないか。あの日、麗奈は高熱を出してたから」
「…覚えてない。私、どうやって助かったの?」
「警察の取り調べによると、犯人がガソリンスタンドで給油していたら麗奈がいなくなったそうだ。その後、公園のドカンの中で高熱を出して魘されてる所を近所の人が見つけて病院に運ばれた。目を覚ました麗奈は誘拐されたことを忘れてて、どうやって逃げたかも覚えてなかった」
そんな事があったなんて…
高熱を出していたとはいえ、そんな大事件を忘れていた自分がますます情けなく思えた。
「忘れてても仕方がないよ。あの頃は両親の離婚、母親との別れで精神的に不安定だったんだし」
康君は私の表情を読み取って、宥めるように頭をポンポンと撫でてくれた。
さっき恐怖を感じた声とは一変、とても優しい声に何だかホッとする。
康君の手はあの頃の兄ちゃんのままだった。

