「お腹すいたでしょう はい 朝ご飯 いつもはパンだけど
海にはやっぱりおにぎりよね」
「中身は何?」
「昆布 要の好物よ」
「やったね 覚えててくれたんだ」
「そりゃぁ覚えてるわよ 何度お弁当を作ったと思ってるの
毎週毎週 よく通ったよね」
朝凪の静かな海に顔を向け 感慨深げな円華が遠くの景色を見つめている
「あの頃 お義父さんの介護が大変だったわね
要もお義母さんも頑張ってる頃だったでしょう?
あれから回復されて 仕事にも復帰して 驚きね」
「そうだな 円華と海に来るのを楽しみに ほかの日を頑張れたんだと思う」
「そんな風に思ってくれてたの……
私はね 中途半端な自分がイヤになってるときだったから
海に来るとぜーんぶ忘れて楽しかったぁ~」
「中途半端って?」
「うぅん……仕事は面白くなってきてたんだけど
同僚は次々に結婚してやめていくし
可愛がってた後輩もお見合いでポンッと結婚を決めちゃって
あぁ 自分はこのまま一人なのかなぁ~って……
だけど付き合ってた人とは踏ん切りがつかなくて別れちゃうし
ホント 何もかもがイヤだった」
「その話 初めて聞くね」
「そうね 今だから言えるのよ……あーっ 引いてる引いてる 早く」
それまで 待っても待っても揺れなかった糸がピンと張り
竿が見事にしなっていった
円華の話も気になったが とにかく今夜のおかずの確保に乗り出すことにした
一旦かかり出すと続けざまに釣れ 今夜のおかずはもちろん
両親へ土産ができるほどの大漁に恵まれた
新鮮なうちにと 久しぶりに包丁を取り出し船の上で魚をさばく
準備のいい女房は 醤油と皿をちゃんと用意していた
「最初の一切れは はい 要 口をあけて」
「おっ ありがとう」
円華の指が するりと口の中に入ってきた
二切れ目をもらったとき やはり口に滑り込んできた円華の指を歯で挟むと
きゃーと大げさに痛がり怒った振りをする
他愛のない悪ふざけも 海の上では何もかもが楽しく 大声で笑い はしゃぎ
久しぶりの海は いろんな意味で元気をくれた



