「そんな、どうして」
文字通り、彼女は彼を食べていた。
その様子から全く目が逸らせずに、ぼくは見ていた。
彼女は必至に黒人の彼を食べていて、彼の肉をかみ砕いては、ゴクンと飲み込んでいた。
彼の血をすすっては、飲んでいた。
彼女の口の周りには彼の血がついていて、彼女の手には彼の血肉がついていた。
腕をもぎとっては、食べていく彼女を、恐ろしいと感じた。
まるで、食死鬼(グール)。
でも、彼らは死体を食べるって。
じゃぁ、彼女はなに…?
目の前で起こったカニバリズムを、ぼくは信じられなかった。
「レディの食事を見るのはあまり感心しないな」
ザクロの声がした。
いつの間にか、隣にザクロがいた。
彼は恐怖におびえることもせず、なんてことない顔をしていて、彼女たちを見ていた。
「ガァッ」
「!」
突然、彼女が襲い掛かってきた。
短剣を持っていたはずなのに、それを使おうとせず、ぼくに向かう。
「くっ」
自らの手で、ぼくの目を狙って猪突猛進していた。
それを蓮を横にして防ぐ。
「アァァアッ」
鼻と鼻がくっつきそうなほど、近づき、彼女の手がぼくの蓮を握った。
邪魔だと言うように、蓮を握ってのけようとするその手から、彼女の血が見えた。
「どうして、そこまで…」
目の前の彼女は最早、理性を失っているよう。
「っっ」
と、不意に彼女の力が弱まった。
「ふぇ…?」
先ほどまで殺気に満ち溢れていた彼女の目が、とろーんと、まるで夜遅くまで起きていたいがために、眠たいのに頑張って起きている子どものような目になった。
「えっ」
そして目を閉じ、ぼくの方へ倒れた。
あわてて受け止めると、彼女は寝息を立てて眠っていた。
え、寝た?
「今日はここまでだ。さ、疲れただろう。もう休みなさい」
混乱するぼくにザクロが言った。
その手には吹き矢の筒のような物が握られていた。
彼女の首もとを見ると、矢のような小さな針が刺さってあった。
彼女は血だらけで、眉間にしわを寄せながらも眠っていた。


