「紐紫朗!」


ぼくの肩を、誰かがゆすっていた。


「おま、なにブツブツ言ってんだよ!ここも火が回るぞ!にげるよ!」


ぼくの肩をゆすって、叫んだのは、道場の年長だった。


その顔には、汗がべったりとついていて、「おまえ、だいじょうぶか」と顔に書いてあった。


少し、汗臭かった。


彼に言われてあたりを見渡すと、火がもうすぐそこまで来ていた。


「……そんな…」


全然気づかなかった。


火が近くにあると認識したとたんに、体が熱くなっていくのを感じた。


花ちゃんの手を握る自分の手を見ると、手の甲に汗で水玉ができていた。


「こっちも熱いな」


彼の言葉と、ぼくが手の水玉に気づいたら、花の体温がどこか遠くへ行ってしまった。


ほんのり彼女の体温を感じていたのに、あっという間に遠くへ行ってしまった。


それがまた、彼女との別れのようで悲しかった。


「はな…」


彼女の顔を見ると、彼女は微笑んでいた。


花と、ちゃんとお別れして来いと彼は言った。


彼はすぐに花がどういう状態であるかを察したのだろう。


嫌だと駄々をこねるぼくを彼は殴った。


「今はそんなわがまま聞いてられる状況じゃねえんだよ!!!花はお前になんて言った!!?」


胸ぐらをつかんで叫ぶ彼は、泣きそうな、顔をしていた。


「花ちゃんは…ごめんって……生きてって…」


それから、だいすきって。


「……………………」


涙が出る。


彼女はぼくに、生きてって言った。


生きてって。


自分は苦しそうな表情を浮かべて、ぼくには生きてって。


「…はな」


呼んでも、返事はない。


目の前にいるのに、いない。


「はな…っ」


それは、今まで感じたことのない感情で、まるでぼくが幽霊になったようだった。


それが悲しいのか、悔しいのか、不安なのか。


護るとか言って、結局、護れなくて。


その自分の無力さに腹が立つのか、悔しいのか。


「はなぁ…っ!」


分からない。


ぽたぽたとぼくの涙が彼女の顔に落ちていった。


花を抱きしめると、彼女はもうぼくを抱きしめてはくれなかった。