水面に浮かぶ月

透子がいなくなった、あの後、光希は半死の田安を岡嶋組に――内藤に引き渡した。



内藤は、かねてより、偽造ではない戸籍を欲しがっていた。

そこへ現れたのが、田安だったのだ。


光希は内藤に、田安を殺してくれるなら、戸籍を好きに使ってもいいと言った。


田安は親類縁者に乏しいため、いなくなっても誰も捜索願など出さないから、好都合だったのだ。

さらにはそのおかげで、光希の株も上がったのだから、田安には感謝しなければならない。



「田安はスクラップ場で潰しておいた。死体は絶対に出てこない」

「そうですか」

「そして、田安の戸籍を手にした“新しい田安”は、今は海外にいる。まぁ、それはお前には関係のない話だが」


内藤は、満足そうな顔で煙草の煙を吐き出した。



「それにしても、あんな男、どこで見つけてきたんだ?」


にやにや。

薄笑いを浮かべながら聞いてくる内藤に、光希は、



「詮索はなしにしましょうよ。それがお互いのためでしょう?」

「食えねぇ野郎だなぁ」


内藤は鼻を鳴らした。



「まぁ、それはそれとして。お前にもうひとつ、頼みがあるんだが」

「……頼み、ですか」


内藤は、スーツの胸ポケットから1枚の写真を取り出した。


見た感じだと、30代半ばのサラリーマン。

小太りだが、目が細く、プライドが高そうな顔をしている男だった。



「こいつはある議員の息子で、銀行員をしているんだが」


内藤は、光希に顔を近付けた。