5月31日(金) その6


 携帯が振動する。

 もう、授乳時間。


 たった30分の短縮が、きつい。



 蓮を抱き上げ、哺乳瓶を加えさせる。







 ハッ! となって目を開けると、哺乳瓶が蓮の口から外れていた。


 知らないうちに、眠っていたらしい。

 気を取り直して、もう一度哺乳瓶を口に加えさせる。



 が、既に蓮も眠ってしまっていた。




 まだ、母乳10mlも飲ませられていない。

 焦る。

 このままじゃ、居残り入院になっちゃう。



 足の裏を引っ掻く。

 顎を刺激してみる。



 蓮は口をキュッと結んで、全く飲もうとしない。



 更に焦る。

 もうこれ以上、入院したくない!



 足の裏を強めに引っ掻いたり、顎を何度も刺激したりした。



 反応なし。




 呆然。




 もし、蓮の体重が増えなくて退院できなかったら、またこんな夜を過ごさないといけない。


 今夜で最後だと思ったから、必死で頑張っているのに。




 身体痛いのに。

 一人で辛いのに。

 すごく眠いのに。



 また涙が出た。



「お願い。蓮、頑張ろう。一緒に退院しよう」

 泣きながら、哺乳瓶を口に持っていく。


「あと少し頑張ろう。一緒におうちに帰ろう」

「お願い。頑張ろう。一緒に帰ろう」



 当たり前だけど、蓮は眠ったまま、何の反応も示さない。

 当たり前だ。

 赤ちゃんなのだから。


 だけど、なんで私だけこんな思いをしなければならないの? と、悲しくなった。


 
「あと少しだよ」

「頑張ろうよ」

「明日、一緒に帰ろう」


 他に方法もなくて、暗い室内で、泣きながら、何度も何度もお願いした。







 
 ゴク。










 蓮が薄目を開けている。





 ゴクッ、ゴクッ。


 ゆっくり、懸命に、小さな口を動かして、哺乳瓶を飲み始めた。




 驚いた。





 蓮は苦しそうに顔を歪め、哺乳瓶を口に加えたまま、息をついていた。





「……頑張れ」



 応援する。




 ゴク。


 眉間にしわを寄せながら、また一口。




「頑張れ、頑張れ」

 ゴク。


 ゴク。





 ゴク。





 ちょっとずつ、沢山休憩を挟みながら、母乳40mlを飲み干した。



「次は、ミルクだよ。もう少しだからね」

 声をかけ、ミルクの哺乳瓶を口元へ運ぶ。




 飲まない。





「頑張ろう。一緒に退院しようよ」

「あと70g増やそう。頑張ってミルク飲もう」

「一緒におうちに帰ろう」





 蓮がまた、薄目を開けた。




 ゴク。

 

 ミルクを飲み始める。



「頑張れ」


 ゴク。



 私の声に反応するように、蓮がミルクを飲んでいく。





 電話で、夫のお母さんが「赤ちゃんは、ちゃんとお母さんの声を聞いているんだよ~」と話していたのを思い出す。






「頑張れ。一緒に退院しようね」

 声をかけると、蓮が苦しそうな顔でミルクをまた二口飲んだ。




  

 蓮は、ミルクを30ml飲んだところで、疲れ果て、眠ってしまった。




 口の周りに付いたミルクを拭いてあげる。

 まだ、眉間にしわが寄ったまま。





「ありがとう。よく頑張ったね」

 




 もしかしたら、ただお腹が空いていただけかもしれない。


 それでも、すごく、すごく愛おしいと思った。


 


 生まれて間もない蓮が、こんなに頑張っている。



 私が頑張らないで、どうする。


 不思議と眠気が飛んだ。



 空の哺乳瓶を取り出して、搾乳を始める。




 蓮が少しでも飲みやすいように、新鮮な母乳をあげようと思った。