5月31日(金) その3

『S(私の苗字)さん、赤ちゃんの沐浴が終わったので取りに来てください』

 ナースコールの会話口から、アナウンスがあり、慌てて「はい」と、飛び起きた。


 携帯で時間を確認。

 1時間くらい、寝ていたようだ。



 保育室で、助産師さんと看護学生さんが待っていた。

「赤ちゃんね、体重が2230ちょっとしか増えていなかったから、明日改めて、退院診察することになったよ」と助産師さん。


 やっぱり。


「今日一日、頑張って飲ませて。毎回ミルク40mlを飲ませてね」



 40mlも?



 夜中の吐き戻しが頭をよぎる。


「あと、今回はミルクの前にこのK2シロップを飲ませて欲しいから、ここで授乳していってね」


 保育室で、授乳開始。

 もちろん、助産師さんが様子をチェック。



 哺乳量測定とか、授乳チェックとか、こういうテストみたいなのが、本当にストレス。



「うん、おっぱいはちゃんと吸っているね。やっぱり、ちょっと吸う力が弱いのかな。このまま15分くらいあげたら、シロップを全量飲ませて、その後ミルク30mlね」

 助産師さんが忙しそうに部屋を出て行く。


 
「蓮ちゃん、少しずつ体重増えてはいるんですけどねぇ」

 授乳中、学生さんが話し相手になってくれた。


「保育室に預ける直前、かなり大量にうんちを出しちゃったんです」と私。

「そうだったんですか~」

「居残り入院は嫌だから、頑張ってミルクを飲ませないと」


 蓮を見つめる。



 昨日、無理強いはしないと決めたばかり。






 ……ホント、ごめん。






 入院生活の延長だけは、なんとしても避けたい。




 あと70g。





 ミルク40mlはさすがに怖いから、頑張って毎回30ml飲ませよう。



「もしよければ、また搾乳のお手伝いさせてください」と、学生さんが申し出てくれる。

「本当ですか? 助かります」



 15分間の授乳を終え、哺乳瓶に入ったK2シロップ10mlを飲ませる。


 最後に、ミルク。

 シロップの10mlがあるので、ミルク30mlが目標。


 ……無理だろうな。




 予想的中。



 10ml飲んだところで、哺乳瓶を口に入れたまま眠ってしまった。



 このまま眠らせてあげたいけど。


 小さな足の裏を引っ掻く。




「頑張れ!」と声をかける。

 明日までに、あと70g体重を増やせなければ、居残り入院になってしまう。



「頑張れ、蓮ちゃん!」

 学生さんも応援。



 すると、


 薄目を開けて、蓮が飲み始めた!





 でも、すぐに眠ってしまった。



「頑張れ!」

 もう一度、声をかける。

「頑張れ、蓮ちゃん!」

 学生さんも応援してくれる。



 応援したり、足の裏をくすぐったり、顎をマッサージしてみたりと、試行錯誤しながら、ちょっとずつミルクを飲ませていく。



 そんな最中、数名の看護学生さんが保育室に入ってきた。

 実習中、この部屋が学生さんたちの休憩スペースになっているようだ。



「頑張れ、頑張れ!」

「あと少し!!」

「おお! 偉い、偉い!」

「ああ、眠っちゃう。頑張れ~!」



 いつの間にか、蓮の周りをみんなが取り囲んでいる。

 声援を一身に受け、それに応えるように顔を歪ませながら、休み休みミルクを飲み進める蓮。


 まるで、ゴール目前のマラソン選手みたいになっている。






 そして……




「おお~!」

 歓声が上がる。


 なんと、蓮がミルク30mlを飲みきったのだ!



 正直、絶対に無理だと思っていた。

 学生さんたちのおかげだ。



「ありがとうございました!」



 蓮をカートに戻し、皆さんにペコペコ頭を下げた。



 

「蓮ちゃん、注目の的でしたね!」

 個室に戻る途中、看護学生さんが笑う。

「注目されると、頑張る子みたいです」



 言いながら、


(もしかして、芸能界も夢じゃない?)



 とか、密かに思ってみたりした。