5月30日(木) その2


 ずっと、気持ちが収まらなかった。

 夫の発言は、ムカつくけど、正しい。


 ~泣き寝入りするなら、昨日のことは忘れるしかない~


 その通りだ。




 私が何のアクションも起こさなければ、あの助産師さんは痛くも痒くもない。

 逆に「面倒くさい患者を、上手く丸め込んでやった」と、自信を持たせるかもしれない。


 で、私は、このモヤモヤを胸の奥にしまいこみながら、入院生活を続ける……






 はらわたが煮えくり返る。







 だけど、直接誰かに文句を言えるほど、度胸が座っていない。


 でも、このまま泣き寝入りは、やっぱり悔しい。



 ……そういえば。




 バースプランのアンケートを取り出す。





 あった!





『助産師の対応について』の項目。





 …………





 でも、クレーマーになりたくない。


 こういうの、モンスターペイシェントというのだろうか。






 どうしよう。





 でも、悔しい。





 だけど、非常識な人と思われたくない。







 でも……








 やっぱり、悔しい!!

 今の私にとって、睡眠妨害は、すごく楽しみにしていた海外旅行が土壇場でキャンセルになったくらい、めちゃめちゃショックな出来事!


 モンスターペイシェント上等!!

 書いてやる!


 
 勢いのまま、ボールペンで空欄を埋めていく。


『5月29日、午後8時頃、面会中の両親に挨拶もなしに、助産師さんが赤ちゃんの元へやってきました。その際、赤ちゃんはウンチの途中で、出るのを待っている旨を伝えましたが、聞いてもらえず、面会も途中のまま、強引に哺乳量測定に連れ出されました。ストレスがかかったせいか、ウンチも出なくなり、今まで夜泣きをしなかった赤ちゃんが泣き続けました。慣れない育児疲れや、里帰り出産で、夫が大阪へ帰ってしまった心細さもあった最中だったので、もう少し配慮して欲しかったです』


 文章も分かりにくいし、漢字もところどころ間違えてしまった。




 …………





 書き終えてから、やっぱり止めればよかったかな、と後悔して、内心ドキドキの自分。


 退院直前に提出すれば、問題ないよね。と、言い聞かせる。



「S(私の苗字)さん、おはよう」

 助産師さんが入ってきたので、慌てて授乳記録用紙のバインダーの一番後ろに挟んで隠す。

 助産師さんは、別の人に交代している。


 夜間の授乳記録をチェックし、健診へ移る。

 母乳の出を調べ、問診。



「お尻、まだ痛い?」

「はい。仰向けになれないし、ドーナツクッションを使っても、座るのが辛いです」

「そうだよね。でも塗り薬で段々良くなるから、忘れずに塗ってね。むくみは?」

「どんどん酷くなってます」

 両足、両手を見せる。破裂しそうなくらいパンパン。

 自分で買ったルームシューズは、もう入らなくなってしまった。

 病院でもらったスリッパすら、履けなくなりそう。


「本当だ。これは痛いね。お通じはある?」

「入院してから、一回もないです」


 かれこれ、もう5日も便秘だ。

 私の人生史上、未だかつてない便秘っぷり。

 そのせいで、顔にニキビもプツプツ出ている。

 これも、私のイライラの一つだ。




「もしかして、踏ん張るのが怖い?」

 さすが、的確な助産師さん。「はい」と頷く。


 実は、人生初の『ぢ』と、血まみれの膣が気になって、恐ろしすぎて、トイレで踏ん張れないでいた。




「産後は、膣の縫合もあるし、怖いよね。便を柔らかくするお薬を先生に処方してもらおうか」

「お願いします」

「それから、水分をもっと沢山取って、尿の回数も増やしたほうがいいね。そうやって、身体の余分な水分を排出していこうか。行きたくなくても1時間に一回くらい、トイレの時間を作ってみて。赤ちゃん泣いても、気にしなくていいから」

「はい」



 助産師さんの健診が終わり、蓮の授乳をして、朝食を食べる。



 保育室に連れて行く直前になって、蓮が泣いた。

 時間がないので、ミルクを少しあげて、そのまま保育室へ向かい、そそくさ預ける。


 戻る途中、「いやー」と泣き声が聞こえた。

 あの独特な泣き方は、蓮だ。


 たぶん、お腹が空いているのだと思う。

 朝の授乳の時、疲れていたし、早く朝食も食べたくて、テキトウに切り上げてしまった。



 可哀想なことをしたかな。

 ちくりと胸が痛む。




 でも、本当に、疲れていた。

 胸もヒリヒリして、痛くて、吸わせていられなかった。


 しょうがなかったんだ。と、自分に言い聞かせた。