オルガンの女神


およそ十分程前。

“隔離"された白い空間内では、掃除屋(クリーナー)ボズと、富豪ディリカ・ブロッケル氏とが対峙していた。

黒い革製の手袋をはめ、指の骨をパキッと鳴らす暴君(サップ)。

逃げ惑いながら、白一色で覆われた空間の範囲を探る氏。


「はあ…はあ…」

「手荒い真似は避けたい。観念してその“金貨(ぶつ)"を渡すんだ」

「じょ、冗談じゃない。そ、そうだ。貴様らは金で雇われたのだろう。ならば取引をしないか。依頼主(クライアント)が払う報酬の三倍、いや五倍払おう。それで…───」

「───…承諾しかねる。けちな傭兵とは訳が違うんだ。報酬次第で仕事は選ばない。確かにそうだ。だがいくら大金を積まれようとも、そこに“刺激"がなければ意味を成さない。“無刺激"こそが死なんだ」


険しい形相で睨む暴君(サップ)に、物怖じする氏。

交渉が通じる相手ではない事を悟ると、氏はぎこちなく拳を構えて見せる。

余分な肉を纏(まと)った身体。到底、武の道を志した人間のそれには及ばない。

悪足掻きだろうか。


「わ、渡してなるものか。“金貨(これ)"は私の物だ。ふふふ。忘れるな、貴様の“金貨"同様、私の“金貨"にも力が備わっている事を…!」

「良い度胸だ」

「私の“金貨"の能力は“増加"…!一個の林檎を二個に。一リットルの水をその倍に。筋肉量だって例外ではない。そうすれば私だって…───」


その刹那、氏は胸ぐらを掴まれ、大人一人の身体が意図も容易く宙を浮いた。

ずれたサングラスを指先で直すボズ。辺りの空気が、蜃気楼のように揺れ動く。


「あまり手間を掛けさせるな」

「ひ、ひ…ぃ…ぃ…っ」