遠く霞む、幸せだった頃の追憶が破られた。
彼女の気配がする。
車の中で身を潜めて。
息を潜めて。
鬼気を潜めて…
彼女の姿が、見えた。
人間に化けているようだ。
バカな真似を。
鬼である彼女が、この世で最も美しいのに…
近づく距離。
もう少し。
顔を見せて‥‥‥
(笑ってる…)
まだ、硬い。
あの頃のようではない。
だが、確かに彼女は微笑んでいた。
あの小煩い子龍が言ってたことは、本当だった。
守らなければならない。
今度こそ。
世界は失ってはならない。
女神の笑顔を。
彼女の隣に視線を移す。
だらしなく、緩みきったバカ面の男。
あれが…
(高杉景時…)
エンジンをかけ、車を発進させる。
バックミラーに映る、遠ざかる愛しい女。
(もうすぐ逢いに行く。
俺の紅玉…)
黒曜の口元が綻んだ。