「成瀬君、成瀬君、成瀬君!!」


1度気持ちが溢れれば、それを止めることは不可能だ。気持ちというものはコップに入った水と一緒で、1度溢れれば、後は流れ出るだけ。


名前を何度も呼んで、少しでも成瀬君を感じたくて、閉まった扉のガラスに手を置く。


成瀬君が、私の手に自分の手を置いて、重ね合わせる。暖かさは伝わってこない。たった数センチのガラスが、まるで2人を永遠に分断してしまう分厚い壁に思える。


成瀬君が口を開いて、何かを喋っている。声は聞こえてこないから、唇の動きで何を言っているのかを読み取るしかない。


電車が動き出す。2人の手と手がゆっくりと離れていく。私は走る。電車も走る。それでも差はあっという間に広がっていって、少しずつ、成瀬君が視界から消えていく。


消えてしまうまで、ずっとお互いを見続けていた。手を振ってしまうと、それが別れの合図になってしまいそうで、できなかった。


時間にして数秒だっただろうか。もう、成瀬君の姿は見えなくなっていて、電車の最後尾だけしか見えなかった。それでも私は、ずっと電車を見つめ続けていた。


「ありがとうって、それは私のセリフだよ、成瀬君。成瀬君のおかげで、私、頑張れた。告白だってできたんだよ。」


成瀬君が最後に言った『ありがとう』の言葉を胸に抱きしめて、誰もいなくなった駅に、しばらくの間、立ち尽くしていた。


9時30分。私がこれまでの人生で1番勇気を出した5分間は終わり、私が初めて男の子に想いを伝えた時間だった。