脱力系彼氏

 蝉達はやっぱり騒がしくて、必死に命が尽きるまで、もがいている。さっきまであんなにもイライラした鳴き声は、今はもうただのBGMにもならない。
蝉の声なんか全然耳に入らなくて、凄く静か。優しくて温かくて、しんとしている。


昇ちゃんの舌が絡まる中、そっと瞼を上げた。涙で霞む視界には、近過ぎる昇ちゃんの顔と、微かに病室が見える。


ようやく目覚めたかのようかに、あたしは急に、はっとした。

慌てて昇ちゃんに伝えようとしても言葉に出来るはずもなく、手で昇ちゃんの胸板を押す。突然の拒否に、昇ちゃんは驚いてそっと唇を離した。今にも「何?」と言わんばかりに、怠そうに眉を顰めている。

あたしは、余計に顔が熱くなって俯いた。自然と声が小さくなる。

「……皆、見てるよ」

昇ちゃんは驚いたような顔をして後ろに振り返った。

さっきまで楽しそうにお喋りをしていたおばあちゃん達は、ドキドキした顔であたし達を見ていたし、トイレから戻って来た、隣りのベッドのおばさんは、「まぁ!」とでもいった顔をして、口をあんぐり開けていた。朝からあんな濃厚キスを見てしまったら、おばあちゃんには刺激が強かったかもしれない。

あたしは恥ずかしくて、もうほとんどトマトに近いくらい真っ赤だったと思う。