あたしの切実な願いは叶うはずもなく、昇ちゃんの唇はそっとあたしから離れていった。昇ちゃんが離れたあたしの唇は、寂しく、温もりを失ってほんの少し寒く感じた。

唇が離れると同時に、少し目を開け、薄暗い光を瞳に取り入れる。

昇ちゃんはあたしと目が合うと、素早く目を逸らし、元の高さに首を上げた。昇ちゃんの手はいつの間にかあたしから離れ、下を向いて少し曲がった首を擦っている。


「昇ちゃん、お酒の味する」

あたしが笑うと、昇ちゃんはぷいとあっちを向いてしまった。

「うるせ」

あたしには、こんな些細な事が幸せで嬉しくて、微笑まずにはいられなくて。


ねぇ、この暗い夜空の中、少し昇ちゃんの顔が赤く見えるのはお酒のせいなのかな?



ふと信号に目をやると、ちょうど青い光が暗い夜道を照らしていて、あたしは再度お別れを実感してしまう。さっきよりももっと離れたくなくて、でもやっぱり帰らなきゃいけなくて、頑張って1歩を踏み出す。


「じゃあ、帰るね」

「おー」

「明日また学校でね!」

「ん」

あたしはいつも通りの気怠そうな返事に笑いながら、再び点滅し始めた信号を慌てて渡った。

信号を渡りきって振り返ると、昇ちゃんはくるりと向きを変えて、来た道を戻り始めた。

「昇ちゃん、おやすみ」

あたしがそう言うと、昇ちゃんは振り向かずに小さく「おー」と返事した。

外灯に照らされたその背中を少しだけ見送り、ゆっくり自分の家へと足を進めた。