視線を信号に戻し、消えそうになる声を必死で絞り出した。

「何が、めんどくさい?」

「……背、低いから」


屈めるのが面倒臭い、と。あたしは妙に納得してしまい、思わず口を噤んだ。
車道の信号は、無情にも黄色に移り変わってしまった。

それから、必死に考えて出て来た、最後の悪足掻き。

「……背伸び、するから」

昇ちゃんは小さく溜め息を吐いて、ポケットに突っ込んでいた手を出した。それから気怠そうに髪を掻いて、低い声を出す。

「目」

少し間を置いて、あたしはその言葉の意味を理解し、慌てて言われた通りに目を閉じた。

目を閉じると急にドキドキしてきて、ほんの少しだけ下を向く。視界から月明りが無くなったせいだろうか。……妙に不安感が募る。

昇ちゃんの手が肩にそっと触れ、あたしは1人の世界から引き戻された。

ドクンと心臓を鳴らす間もなく、昇ちゃんはもう片方の手であたしの顎をぐいと持ち上げる。

少し強引で、ほんのり優しい。


それから、そっと触れる唇。


柔らかくて、温かい。

触れるだけのキス。


なのに、昇ちゃんの唇からは少しお酒の味がして、あたしまで酔ってしまいそうな感覚に陥ってしまう。


このまま時間が止まってしまえばいい、なんて、ロマンチックな事を考えてしまうのも、そのお酒の香りのせいなのかな。