-はぁ…眠れなかった-


いつもより早い朝。
鏡に向かって髪をセットする。目が赤い……。ったく、全部アイツのせいだ。




-ピンポーン♪-


なんだ朝っぱらから…


「はい?」



受話器を取る。画面の向こうに写ってるのは……アイツ!?



-ガチャッ-



玄関を開けると……やっぱり。ガバガバの制服に分厚い眼鏡。あれ?髪、今日は結んで無い。艶があるワンレン。なんかいい匂い…シャンプー?………って、馬鹿か俺!



「何か用?」



思わず視線を逸らす。いつもなら女から視線外すことなんかねぇけど、コイツは無理。



「これをお納めください」



手に持ってるのは弁当箱。



「利き手怪我されたなら困ってるかと思いまして。朝食にでも」
「親作ってくれるって思わなかったの?」
「あ、それは昨日引っ越しのご挨拶に来た時、お母様が一人暮らしも同然とおっしゃってたので…」



あんのババァ、余計な事を……。



「サンキュー。でもこんなことしてていいの?そっちの親は?」



きゅっと眼鏡を押し上げる。無表情。



「母はおりません。父も仕事で留守がちなので」
「何やってんの?」
「写真家です。あ、無駄話でした。洗わなくて良いので玄関先に出しててください。では……」



何ごともないように、背を向ける。なんでだろう、自分でもわかんないけど。流れるように揺れる黒髪を掴んでしまった。



ツンと歩みが止まる。

「………何か?」
「あ、名前」
「え?」
「名前聞いてない。奈月……何?」


これが癖なのか、眼鏡を押し上げる。


「……ゆう…。奈月優……」


-ゆう……-


何故かしっくりきた。ほんとは似合わない名前!ってからかうつもりだったのに……。



「じゃ……」


玄関に入って行くのを見送る。


「優!……サンキュー」


聞こえたか聞こえなかったか…そのままパタンと戸が閉まる。