その頃、特設リング下。

「よぅ、旦那」

龍太郎が試合前の翡翠に声をかける。

傍らには善や鈴木さん、双子を抱いたこはくにその子らをあやす琴子…夕城一派が揃っている。

「何しに来たんですの?スペシャルバカ…」

ともすれば凶悪にも見える視線を叩きつける琴子。

正確には彼女は夕城流と敵対する琴月流の剣客。

故あって夕城邸に厄介になり、天神学園の2年として在籍しているが、本来は翡翠やこはくにも仇なす刺客だ。

しかしそんな彼女の顔を片手でムギュッと押し返し。

「あーおめぇにゃ用はねぇんだよ、ちっとすっこんでなミニマム娘「誰がミニマム娘ですのっ「よぉ旦那」

愛刀である黒刀『酷奏丸』に手をかけた琴子になど目もくれず、龍太郎は翡翠を見る。

「一年ぶりの公の場での戦いだな…あんたほどの暴れん坊がよく大人しくしてたよな」

「…フン」

怒るでも睨むでもなく、無表情に翡翠は鼻を鳴らす。

「昨年の貴様との決勝戦で、俺も思う所があったのだ…思えばそれまでの俺は殺気が出過ぎた…殺気を纏えば小者は恐れて近づかぬが、それがわからぬ阿呆は喧嘩を売りに来て、いらぬ闘争を招く…貴様のような馬鹿がな」

「うっせ」

「だから…」

翡翠は龍太郎に一瞥すらくれず、リングへと上がっていく。

「無駄な殺気を抑え、不必要な闘争はせず、肝要な時のみその『剣気』を纏う…いわば蓄積していたのだ、力をな…」