控え室。

「入るぞ、橘」

ドアをノックして入室してきたのは龍娘だった。

「ろ、老師っ、わざわざ来て下さったんですかっ?お体には障らな…」

「いらん心配をするな」

アタフタする拓斗の額に軽くデコピンする龍娘。

「過度の緊張は普段の動きをできなくさせる。案ずるな。体調が悪ければわざわざ控え室に激励になど来んわ」

そう言って、龍娘はヨイショと近くにあったパイプ椅子に座る。

「いよいよ念願の丹下との試合だな」

「はい…」

拓斗の表情は硬い。

無理もない、正式な初対決がこんな大舞台。

大勢の観客の前での試合は初めての事だ。

が…。

「なぁに、お前がバイオリンのコンクールとやらで弾く事を思えば、こんな客は路上で演奏している程度の数だ」

「そ、それは違うと思いますけど…」

龍娘の発言に苦笑いする拓斗。

「橘…無理して勝とうと思わなくていい」

龍娘は彼の肩に手を置く。

「叩きのめして吠え面かかせてやれ」

彼女流の激励に。

「…はい」

拓斗は強く頷いた。