綾人と付き合う前の私だったら、きっと今の一撃でボロボロに傷ついて泣いたに違いない。
 でも、多少のショックはあったけど、不思議と涙は出なかった。
 悲しくも無いし、私を評価できるのは一番身近な私自身なんだっていうのを再確認していた。

 エルが……綾人が教えてくれた。

 自分を愛するパワー。

 これは他人を愛する為に必要な根源的な力だ。
 ここにパワーの無い人は、他人を愛するのも難しいっていうのが何となく分かった気がする。


「琴美……どうしたの?」

 綾人が帰るなり料理の手を止めて、私は彼に抱きついた。
 タバコも吸わないから、彼のスーツはいつも清潔な香りがする。

「ん。会いたかったよ、顔が見たかったよ、声が聞きたかった」

 私は子供みたいに彼にしがみついて離れなかった。
 綾人は仕方ないなあっていう感じで私をひっつけたままヨロヨロと部屋に上がってきた。

「今朝まで会ってたでしょ?どうしたの……急に」
「1分でも離れたら寂しい日だってあるの」
 甘え下手だった私が、とても素直に彼に甘えていた。
 戸惑っていた綾人も、私を2倍の力で抱きしめ返してきてくれた。
「どう?これぐらい強く抱きしめたら僕の存在も力強く感じるでしょ」
「うん。でも、ちょっと苦しいかな」
 そう言うと、力をちょっと緩めて今度は優しく頬を寄せるように抱きしめてくれた。

「甘える琴美、可愛いな……。今度から帰ったらこのモードがいいな」
「何それ」
「もっと見せて。琴美の可愛いところ、素直なところ、全部見せて」
「綾人……」
 せっかく用意した料理が冷めてしまった。
 また暖めないと……なんて思いながら、私は綾人の優しいキスを受けた。

 香澄ちゃんに言われた事は、綾人には秘密。
 もちろん天海さんと別れたきっかけも聞くつもりは無い。
 私は誰より綾人を信じてるもの。
 綾人を愛してる自分の事も信じてる。

 私が願うのはただ一つ。

 私達の過ごす優しい時間が、今後も壊れませんように……。