「屋上に行きたいな」

カレンがそう言うから、僕は頷いて車椅子を押した。
もう大分寒さが厳しくなっていたから、僕はカレンの肩に上着を掛けてやった。

「ちょっとくらい平気なのに」

「風邪引いたら困るだろ」

カレンはまだ何か言いたそうだったけど、僕は黙って車椅子を押した。
こうしてみていると、カレンは随分と痩せてしまったような気がした。
元々線が細かったのに、今は少し触れば折れてしまうんじゃないかと思うほど。

「うわぁ、綺麗だね」

 屋上に出ると、空が茜色に染まっていた。
秋の空は透明度が高くて、夏よりも夕焼けが綺麗に見えた。
どこか儚くて、幻想的で。
カレンに似ている、と僕は思った。

「ケン、綺麗だねぇ」

カレンは何度もそう言った。
僕は夕焼けを眺めて喜ぶカレンの方がよっぽど綺麗だと思うんだけど。
カレンはそんなこと知る由もなく、はしゃいでいる。

なんだか、こんなカレンは久しぶりに見た気がした。


「もうすぐ、イルミネーションで街も綺麗になるよ」

そんな言葉で、カレンが元気になってくれるなら。
祈った事もない神様に願いながら、僕は口にする。

「そうだね…見たいな、イルミネーション」

「見に行こう」

それは、残酷な言葉かもしれない。
それでも僕は、カレンとあちこち行きたかった。


「行けたらいいなぁ…」

遠くを見るように目を細めて、柔らかな微笑を浮かべるカレンは、本当に綺麗で。
その美しさが、まるでカレンを一枚の絵の中に閉じ込めてしまったみたいで。
僕は思わず、カレンのことを後ろから抱きしめた。

「ケン…」

戸惑ったようにカレンが声を掛けてくる。

「……」

死期を悟っても尚、明るく振舞うカレン。
それでも、希望を見失わないように振舞うカレン。
たまにこうして、悲しそうに遠くを見つめるカレン。


そのどれもが愛しくて、でも僕にはどうすることもできなくて。


そんなジレンマが、僕を苛む。
一番苦しいのはカレンなのに、それでも僕はカレンという存在に縋るように。

「…あったかい」

カレンがぽつりと呟いた。
頬を撫でる風は冷たくて、誰もいない屋上に立っているのは僕とカレンだけで。