まだ地下鉄が開通していない時だったため、今よりも多くの人で犇めいていた車内でも彼の周りだけは何故か異空間の様に浮いて見えていた。


いつも私が先に下車するため、彼がどこで勤務しているのか、働いているのかすら知らない。


最も、毎日皺1つないスーツを着用している彼が無職だとは思えないが、このご時世何が起こるか分からない。


いつも斜め前に立つ彼は不思議と私の興味を掻き立てる。


彼の瞳には何が映り、何を考えているのか。


ぼんやりと彼の姿を眺めていると、下車するバス停に着き慌てて立ち上がる。


彼の横を通り過ぎた時、仄かにチョコレートの甘い香りがした……。