大衆居酒屋の騒がしい店内で、わたしと秀明(ひであき)はカウンターの隅に並んで座りいつもの安酒でつまみをつついていた。

私たちに会話はなく、笑い声の絶えない店内でそこだけがまるで別の場所のように静かな時が流れている。

秀明と付き合って2年。わたしが秀明のいる高校に赴任したのが出会いだ。

わたしはその高校で国語の教師をしている。

秀明はわたしよりも年下だが、若くして学年主任を任され将来も期待されている優秀な男だ。

それに対して、わたしは何をとっても人並みで人に誇れるものなんて一つもない。ただ古典が好きというだけで大学の文学部を卒業し、

何気なくとった教員免許のおかげで毎日毎日上司と生徒とその親に振り回されるストレスフルの日常にさらされている。

秀明と過ごした2年はわたしに潤いを与えてくれた。

それなりに。

でも、そこに安心はなかった。

ホテルで秀明の腕に抱かれている時でさえ、ただのひと時もわたしの心が安らいだことはなかった。

そして秀明は今日、そんな関係に終わりを告げた。

秀明は残っていたグラスの中身を一気に飲み干すと、財布から一万円をカウンターの上に置いて店をでて行った。

わたしはその後ろ姿を振り返ることもできず、グラスに映る自分の顔を見つめていた。

小野真衣子、35才。歳とったなぁ……。