結局、朝まで一睡もできないまま朝がきてしまった。


―…ちょっと買い物にいってただけだよ


今にもそう言って、リュックが部屋に入ってくるのではないか。
そんな想像をしながら、フェリクスを膝に抱いてレアはずっと座り込んでいた。


なくしてから、気がつくなんて。
自分はいつもそうだと涙が溢れた。


伝えたい事がまだ、あったのに。


心の中でならいくらでも言葉が出てくるのに、伝えたい相手はもう目の前にいないのだ。



明るくなった通りを見つめながら、レアは涙を拭った。


今日は、リュックを探すつもりだった。
結局昨日の服のままだったが、着替えるのも億劫でそのままジャケットを羽織ることにした。

フェリクスは置いていこうかとも考えたが、何故か置いて行くのがしのびなくて連れて行くことにした。


「リュック…」


名前を呼ぶと、心が締め付けられる様に痛かった。



街の中を小走りに見て回る。
二人で歩いた通りや、リュックが働いている花屋も覗いてみた。
花屋の店主に確認をとると、今日と明日は休みをとっている、ということだった。
一緒に住んでいるはずなのに、教えていなかったの?と聞かれても、レアには曖昧な笑顔を向けることしか出来ない。

思い直してまた街を当て所なく捜し歩いて、夕方になっても結局リュックを見つける事は出来なかった。


ぽつり、と頬に冷たい雫が零れ落ちる。


雨だ―…思うより早く、秋の夕立が容赦なくレアとフェリクスを打ち付ける。
小さなフェリクスが、寒さにぶるぶると身体を震わせていた。

レアはとぼとぼと歩きながら、とうとうかつてリュックとであった場所の近くまで来ていた。


あの時は意識していなかったけれど、それは廃材なんかではなくて、小さな花屋が焼け落ちた後だった。
レアのアパートからは大分離れていて、少しだけ寂れているこの場所は、まるであの日の灰色の街そのもので。

レアはとうとう、そこに座り込んでしまった。



―…あなたがいないと、私…。



下唇を噛み締めていると、フェリクスが膝から飛び降りてとことこと歩き出した。
レアはどこか放心したように、その後姿を見送っていた。