「あ、もうこんな時間かー。俺、片付けたら行かないと」

「え、もうそんな時間?」

レアは慌てた様に蛇口の水を止めると時計を見つめた。
時計はいつの間にか午後3時を指していた。

「夜には戻るよ」

「うん、わかった。アルバイト、忙しい?」

フェリクスを気遣う様にレアが尋ねる。
フェリクスは首を横に振ると、微笑んだ。

「全然、楽しいよ」

「そっか、よかった…」

安堵したようにレアは微笑むと、再び蛇口を捻って皿を洗い出した。



冬が過ぎて春になった頃、フェリクスがアルバイトを始めた。
レアだけが働いているのは申し訳ないし、自分も働きたいから、と。

レアは働かなくても、と始めは言っていたのだが、よく考えれば日がな一日家に閉じ込めておくのもおかしなことだと思い直し、色々と職探しを手伝ったりもしていたのだ。


彼がやり始めたのは、近所にある花屋でのアルバイトだった。
意外な事に、彼の亡くなった両親もこの街で花屋をやっていたのだそうだ。


始めは、花屋での仕事は出来ない…そう彼も思っていたようだった。
だが、あえてそれを勧めたのはレアだった。


「いつまでも、下を向いていたってダメだよ。あなたも、私もね…」


レアがそう言うと、フェリクスは翌日から花屋で働く事にしたらしい。
元々家の手伝いで花を触る機会が多かったからか、フェリクスは花屋ですぐに仕事を覚える事が出来た。

レアは始めの頃は心配で様子を見に行ったりしたのだが、最近ではそれもしなくなっていた。


「じゃあレア、俺行ってくるね。あ、そうだ。何か買い物あるなら、俺帰りに行ってくるけど」

「ううん、いいよ。私行く」

「えー。あ、じゃあレアさ、今日俺7時で終わりだから、お店までおいでよ。一緒に行こう」

レアは頷くと、笑顔でフェリクスを見送った。
穏やかに流れる時は嫌いじゃなかった。

心臓が壊れそうなときめきなんていうものは全くないのだ。

ただ、フェリクスと一緒に居るとレアは心が安らいだ。
お互い仕事の時間がずれる事も少なくないし、以前よりも一緒に居る時間は減っているはずだった。

それでもこうして幸せだと思える瞬間が確かにある。

それが、レアを穏やかな気持ちにさせていたし、彼もそうであって欲しいとレアは思っている。