レアがアルバイトを始めた喫茶店は、寂れた、しかし雰囲気のいい喫茶店だった。
店主の男性も落ち着いた雰囲気の人物で、そんな店の雰囲気を気に入った常連客が何人かいる。

レアもこの店が気に入っていた。

「店長、お先に失礼しますね」

レアが店の奥に声をかけると、彼は目を細めながら頷いた。

「レアちゃん、今日もご苦労様。あぁ、そうだ…これ、あまりものだけど持っていくといいよ」

家でフェリクスと一緒に住んでいるのを知っている店主は、たまにこうして賄いを出してくれる。
レアは笑顔で礼を言うと、喫茶店を後にした。


夜道を一人歩いていると、ぽつり、と頬に雫が落ちてきた。
予報では降らないと言っていたはずなのに。

悪態をついたところでどうしようもない。

レアはアパートまでの距離を駆け始めた。


程なく見えてきたアパートの自分の部屋からは、暖かい明かりが漏れ出ていた。
その窓に、心配そうに様子を伺うフェリクスの影が見えた。



「ただいまー」

「おかえり。濡れちゃったね。迎えに行けばよかった…」

タオルを持って出迎えてくれたフェリクスに、料理の入った器を渡しながらレアは靴を脱いだ。
靴の中まで濡れてしまって、これでは明日までに乾くのか疑問だった。


「あーあ…後で乾かさないと…」

レアはタオルを受け取ると、乱暴に髪の毛を拭きながら溜息を付いた。

「レア、お風呂入らないと風邪引いちゃうよ」

「えー、大丈夫よ。それよりお腹空いた」

「ダメだよ、もう。レアは女の子なのに、たまにそうやって面倒くさがるよね」

フェリクスはおかしそうに笑うと、ひょいっとレアを抱え上げた。

「あ、ちょっと」

ぱさり、とタオルが落ちて、レアはそのままバスルームに連れて行かれる。
フェリクスが片手で器用にシャワーを出しながら、バスタブの縁にレアの事をゆっくりと下ろした。

「ねぇ、レア。レアってさ、危機感ないよね」

落とされた言葉に小首を傾げつつ、レアはフェリクスを見上げた。
今更何を言っているのか。

「あなたが男だってことなら重々承知してるわよ?逆に聞くけど、あなたに男としての本能がないんじゃないかと心配していたんだけど」

レアが淡々と言うと、途端にフェリクスの顔に赤みがさす。