レアが目を覚ますと、コーヒーのいい香りが部屋に漂っていた。
隣にいる筈のフェリクスの姿はなく、視線をさ迷わせるとキッチンにその後姿が見える。
「なにしてるの?」
声をかけると、フェリクスはくるりと振り返り、微笑んだ。
「ご飯作ってた」
レアは「彼」と同じ職場を辞めてしまった。
変わりに、小さな喫茶店でアルバイトを始めた。
生活は相変わらず質素だったが、それでもあの日よりも毎日が楽しかった。
たまにこうして、フェリクスが朝食を作るようになった。
レアは、その焦がしすぎなベーコンや卵を、おいしいよと言って食べる。
相変わらず、彼の淹れるコーヒーは薄い。
それでも、レアにとってコーヒーはこれだった。
「ねぇ、レア。レアは、何も聞かないんだね」
唐突に、レアに向けられた質問。
一瞬、何のことなのかわからず、レアは目を瞬かせた。
「なんのこと?」
「俺のこと」
フェリクスが、真っ直ぐな瞳で見つめ返してくる。
レアは困った様に微笑むと、手に持っていたコーヒーカップをテーブルに置いた。
「…フェリクスが、話さないから」
「そっか」
本当は、それだけじゃなかった。
最初は気になってはいた。
ただ、彼と暫く一緒にいて、過去は気にならなくなってしまったのだ。
彼が話したくないと思うのであれば、それでもいいと思っていた。
「いつか、俺が話を聞いて欲しいっていったら…レアは聞いてくれる?」
「うん、いいよ」
レアは微笑むと、もう一度コーヒーに口をつけた。
その答えに、フェリクスも嬉しそうに微笑んだ。