魅惑のくちびる


「オレこそ、会社の連中に半殺しにされちゃうな。

だって魅惑のくちびる、独り占めしちゃったんだから……」

照れ隠しをするかのように、後頭部を掻きながら松原さんは白い歯を見せた。

「ごめんなさい、わたし……」

なぜ謝るんだろう。自分でもよくわからない。

まだわずかに残る、雅城への罪悪感? そして、それを抱えたままで応じた、松原さんへの罪悪感?

頭の中は、思考回路がストップしてもう何も考えられなくなっていた。


「彼氏と今すぐ別れてくれだなんて言わない。

いつか、けじめをつけることができた時で構わないんだ。

その時には、付き合ってくれないかな」


わたしは、雅城と別れることなんてできるんだろうか――。

そもそも、別れたいと思っているんだろうか?

今のわたしには、何も考えることができない。


「はい――」

ただそう一言、意識のないところで短く答えていた。