古びた、一昔前の大学ノート。

表紙をめくれば、すこし黄ばんたページには丁寧な字で「小沢 裕子」と書かれている。

『11月9日。
今日は、理科の佐藤先生が休み。
だから理科の時間は自習でした。
いまの範囲は楽しいから、授業受けたかったのに残念です。
あしたの理科が楽しみです。』

『11月10日。
今日はりりちゃんと怒られちゃいました。
りりちゃんが教室に教科書を忘れちゃって、一緒に夜の学校に忍び込んだからです。
教科書は宿題をやるには必要不可欠だったから、どうしても取りにいかなきゃならなくて、二人でこっそりと裏口から入りました。
そしたら当直の加藤先生にみつかっちゃって。
りりちゃんはずっと私に謝ってくれました。』

『11月11日。
今日はりりちゃんの誕生日です。
11月11日…とても覚えやすくて、忘れっぽい私にとっては、助かります。
誕生日プレゼントはりりちゃんの好きな紅茶にしました。
気に入ってもらえるといいなあ。』


僕が読んでいるのは一冊の大学ノート。
たぶん、日記帳。
書いたのは小沢裕子という女子生徒。
他愛もない、ほのぼのした、日々を綴ったノート。
見つけたのは、ついこのまえ。

図書委員である僕は、本の整理をしていた。
そのとき、大きな大きな参考書の間から、このノートが出てきた。
背表紙にNo.3と書いてあったからたぶん1と2もあるんだろうとさがしたけどみつからなかった。
ちょっとの好奇心からそそられて、ノートを捲れば、ただただ綺麗に、丁寧に、小沢裕子という女子生徒の日常が綴られていた。
もうひとつページを捲れば、たくさんの文字。


『この日記帳も三冊目です。これからも楽しいことが沢山あって、このノートに書けますように。』

一行目には、ちょっとはにかんだ文字でそうかかれていた。
気づいたら、次のページを捲ってた。
止まらなかった。

そして今、No.4を読んでいる。
No.3の日記帳の一番最後のページに、『次の日記帳は生物学の基礎参考書に。』とあった。
図書室をすみからすみまで探して、貸し出し禁止の本だなのすみに、「生物学の基礎参考書」はあった。
急いでカバーから出し、参考書を開くと、一冊の大学ノートが挟まっていた。
表紙を捲れば、『とうとう四冊目。私も2年生になりました。今年もりりちゃんと同じクラスでありますように。』
そう、綴られていた。
僕は、小沢裕子の日記帳を読み続けた。
一冊読み終わるごとに、最後のページには次のノートの隠し場所がかいてあった。


人の日記を盗み見る。

いけないことだろうとは、わかっているのだけど。

優しい言葉、丁寧な文字。

彼女の語る、彼女の日々は全てがキラキラ光っていた。

僕には、日記を読むことをやめられなかった。