彼は納得のいかなそうな表情をしながらも、視線を下げ、さっきまでそうしていたのであろう、手に持っていた文庫本を読み始めた。


…そう。

彼にも当然、裕也や司、それに小町屋の声は聞こえているんだ…。


そのことを確認した俺は、すぐに顔を正面に戻す。

そして再び、先生が座っている座席へと視線を向ける。

…窓側のシートの背もたれの上から、上戸先生の後頭部がのぞいている、その座席へと。


…だったら当然、あの位置にも同じ声が届いているはず…。


……それなのになぜ?

なぜ、上戸先生は、俺たちに対して全く注意をしない……?


俺は探偵か何かのように、その違和感に居心地の悪さを感じていた。

そしてさんざん迷った結果、先生の様子を覗き見ることにした。


司の左肩に手をかけ、司を避けながら中央通路を一歩進む。


「…ん? どうしたの七夜?」

「ちょっとした探偵ごっこ♪」


そう言っていたずらっぽい笑みを返し、不思議がる司を横目に、さらに一歩前に出る。

先生の後頭部が少し近づく。


……いや、気にするほど重要なことじゃないとは思う。

さっき委員長が言ってみせたように、『せっかくの修学旅行だから…』と、ある程度見逃してくれているのかもしれない…。

…ただそれだと、俺が持つ上戸先生のイメージとは、若干異なる気がするんだ…。

即ち、責任感が強く、生徒が間違った行動をした場合、必ず軌道修正をしてあげようとする、厳しくも優しいイメージとは…。


そこまで考えてから、『だけど』、と思った。


だけど、昼間アウトレットやら高原やらで、クラスのみんなからもみくちゃにされていたから、単に疲れて寝てしまっているだけ…

…なのかもしれない…。


そんなことを推測しながら小町屋の脇を通り過ぎようとすると、小町屋がこちらを向いた。