「ジャルーヌ様、カイ殿がお見えになられました」

うぬ、とうなずいたのと同時に鉄の扉が開かれた。

そこから現れたカイにジャルーヌは小さな笑みを浮かべる。

「どうしたのだ、カイ。やはり今回の砂漠の国の件も無事に終わったのか?」

カイはジャルーヌの前に立つと、一つ深くお辞儀をした。

その意味がわからず、ジャルーヌが眉をひそめていると、頭を垂れたままカイが低い声で唸るように言った。

「……申し訳ありません。砂漠の国にはチェレンとハンスを行かせましたが、残りの一人、つまり捕縛用に残しておいた人を置いて撤収しました。撤収原因は黒水晶による黒い靄です」

ジャルーヌは思わず立ち上がった。

「……黒水晶による、黒い靄……?しかし!今までそんなことは……!」

カイがようやく頭をあげた。

その冷静な顔をみて、ジャルーヌも冷静になり、静かに椅子に腰を下ろした。

「ですが、出てきたんです。チェレンは黒い靄にやられ、今は高熱で倒れています。看病にはノイズが回っているのでこちらからの介護は必要ありません。ハンスによると、黒い靄はネットリとしたそうです。それにあたったことにより今回のような事態が起こりました。黒水晶の黒い靄に耐えれる者でなければ、これからは戦場に立たないほうがいいでしょう」

しかしそれは、ジャルーヌにもカイにもそれは不可能だと感じていた。

黒い靄に耐えれる者なんて<聖剣士六士>しかいないのだ。

しかも、チェレンは耐えられない者となった。

つまり<聖剣士六士>の中にも耐えれる者と耐えられぬ者がいるのだ。

もし、これからも争いをするたびに黒い靄が出てきたのならば……。

それこそジャルーヌのおそれていることが起きてしまう。

ジャルーヌは小さくため息をついた。

「最悪の事態だな」

その様子をみていたカイはふいっと顔を兵士に向けた。

「ところで……噂で聞いたことなんですが、ここの兵士が黒水晶にはお気に入りの女の子がいる、と話していたらしいんです。あくまでも噂ですけど。なんでも、その子は黒水晶のご機嫌とりをしているらしいですね。ですから、黒水晶の靄にも耐性が強い、と。しかし、黒水晶の靄はその子以外にはとっても苦しいものですから、黒水晶のお気に入りの子は黒水晶と一緒に地下奥底に監禁されてるらしいです。そうなんですか?ジャルーヌ様」

ジャルーヌはピクリと片眉をあげた。

「なぜ、それを?」

カイはジャルーヌへと顔を戻した。

「噂です」

「そうか。あぁ。もちろんいるとも。その少女は実在する」

カイは少しだけ目を眇めた。

「でしたら、その少女を殺してしまえばいいだけの話では?なぜ今までそうしなかったんですか?ジャルーヌ様の頭だったらそれくらい考えれるはずです」

ジャルーヌはもう一度小さくため息をつき、カイに言った。

「今日、夜9時にもう一度こちらへ来るがよい」

カイは正しい答えをもらえなかったことに不服そうにしたが、小さくうなずいて出ていった。

(……とうとう最後の手段を使うことになったか……)