何処か様子のおかしいミリアを部屋に帰してから、ライネは自室でソファに座っていた。
傍らではネーネが気遣わしげに佇んでいる。

「ライネ様…」

遠慮がちに声を掛けられ、ライネは弱々しく微笑んだ。

「ありがとう、ネーネ。僕は大丈夫だから、ミリアの傍にいてあげて」

そう頼まれ、ネーネは困った様にか細い声で鳴いた。
それでも今は主の傍に居たい。そう願ってのことだ。

「…彼女を、悲しませたくないだけなのにね」

不意にぽつりとライネが零す。
ネーネは俯いたまま、何も答えない。

 セイドリックに最後に言われた言葉が、今でも心にずしりと鉛を落とす。

「それでも僕は…」

呟きかけ、頭を振る。

「さぁ…もう行って」

微笑んでみせると、ネーネは小さく頷いた。
 主が望むようにミリアの部屋へ向かい、その扉をノックする。
中から小さな返事が聞こえたのを確認すると、ネーネは扉を開いて中に滑り込んだ。

「ミリア様…」

声を掛けると、沈んだ様子のミリアがベッドに横になっていた。
出かける前に上機嫌で来ていたドレスもそのままに、左手はだらしなくベッドから投げ出されている。
 ネーネが近寄ると、ミリアは思いつめて泣いていたのか、瞼が腫れてしまっていた。

「お加減はいかがですか?」

「大丈夫…」

ぽつりと呟くミリアの様子は、どう見ても大丈夫とはいえない。
それでもネーネは余計なことは差し挟まず、別室から冷やしたタオルをもってきてミリアに差し出した。

「ありがとう。ネーネは…優しいね」

「いいえ…」

ミリアは右手で器用に瞼を冷やしながら呟いた。
ネーネは投げ出されたままのミリアの左手に顔をこすりつけると、指の先を優しく舐めた。

「ネーネ。私ね、まだライネさんに会って日は浅いけど…何もあの人のこと知らないけど…なんでかなぁ。あの時…とっても…」

続けようとしてじんわりと目が熱くなる。
零れてくる涙は全てタオルに染み込んでいって、ミリアはそんな自分が情けなくなった。

「ミリア様」

ネーネがぽつりと喋りだした。
ミリアは返事をする気力もないまま、ただネーネの言葉に耳を傾ける。

「差し出がましいかと存じますが…ライネ様とお話しになられるべきです」

ネーネがきっぱりと言い放つと、ミリアは弾かれたように身体を起こした。
そこにはネーネの金色の瞳が真っ直ぐにミリアを射抜いていて、ミリアは心臓がどきりと鳴るのを感じた。

「でも私」

「ミリア様は聞くべきですし、ライネ様もお話しするべきことがたくさんあるはずでございます。お話しもせずに悲観にくれるなんて…ネーネは、お二人に幸せになっていただきたいのです」

淀みなくそういわれ、ミリアは言葉を失った。
確かに、ミリアは聞こうとしなかった。
いや、聞こうと思ったことはあったのに、ライネのあの表情を見たら怖くて聞けなくなってしまったのだ。

「…わかったわ。私、彼に会ってくる…」

「はい!それでこそミリア様です」

ネーネは嬉しそうにニャアと鳴くと、そのままでは行けないから、とドレスと髪を直してくれた。
なんとか腫れてしまった瞼以外は見られるようにしてもらって、ミリアは駆け出した。