ミリアは狼狽したまま、俯くしかなかった。
確かに、ライネのことは少しかっこいいな、とは思っていた。
ただそれは、ミリアにしてみれば普段接しているような同い年の男の子たちとは違う優しさや、爽やかさにドキドキしていたわけで。
まして本人からではなく、他人からこうして言われてしまうと尚更気まずく感じた。

「まぁ、ミリアったら。真っ赤よ?」

くすくすとレイシアの笑い声が聞こえた。
自分だってさっきは真っ赤になっていたくせに、よく言う。
そんなことを思いつつ、ミリアは小さな溜息をついた。

「とにかく、よくわかりました…ありがとう。私、ライネさんに確かめてみます」

「それがいいね。まぁ、フィアンセの件は断ったって構わないんだよ?この世界で夢を提供しながら、いつかそういう人が他に現れれば、君だって別の人を選ぶ権利があるわけだし」

「そういうもの、なんですか?」

「そういうもの」

君にもいつかわかる、といわれてしまえば、それ以上何も聞き出すことは出来なかった。
 結局ミリアは紅茶を3杯とお菓子をいくつかご馳走になり、レイシアの城を出た。
外に出ると、見たことのある馬車が停まっていた。御者席に座っている猫に見覚えはなかったが、馬車の中から出てきた人物に見覚えはあった。

「ライネさん…」

思わず顔が赤面する。
勝手に霧の森に来てしまったことや、レイシアやセイドリックに言われたこと。
色々なことが頭を回って、舌がよく動かない。
 ライネはそんなミリアに心配そうに近寄ると、柔らかく微笑んだ。

「あぁ、よかった。入れ違いになるかと…」

「……」

何も答えることができず、ミリアはただ下を向いているしかできなかった。
急にライネを意識してしまって、顔を上げることが出来ない。

「具合でも悪いの?」

気遣うように顔を覗き込まれ、ミリアは血液が沸騰してしまうのではないかと錯覚した。
心臓の鼓動は鳴り止まなく、くらくらとめまいすらしてくる。
あぁ、どうしよう―…顔が見られないよ!
叫びだせるものならそうしたいほど、ミリアは動揺していた。

「やぁ、ライネ」

不意に背後から聞こえた声は、先ほどまで一緒だったセイドリックのものだった。
ライネも気がついたのか、それまで屈んでいた姿勢を正してセイドリックの方を向く。
ミリアはほっと溜息をつくと、そっとライネとセイドリックの事を盗み見た。

「セイドリック」

驚いたようにライネが呟いた。
セイドリックの表情は、先ほどのような笑顔ではなく―…むしろ、冷たさをはらんでライネを見ていた。
ライネ自身も、どこか警戒するようにセイドリックを見つめ、そして何かに気がついたようにミリアを見つめる。

「彼女に何を言った?」

「…たいしたことじゃないよ」

セイドリックが目を細める。
ライネはそれをじっと見つめると、再びミリアのことを気遣わしげに見つめた。

「彼女は、レイシアとは違うんだよ」

「わかってるよ、ライネ」

にこりと微笑んだセイドリックの笑顔が、どこか恐ろしくて。
ミリアはひっと息を呑んだ。

「…帰ろう、ミリア」

優しく声を掛けられ、やっとミリアは頷いた。
いつの間にか心臓の煩いほどの鼓動もおさまり、何故かセイドリックの瞳が恐ろしく逃げるように馬車に乗り込んだ。

「ライネ」

ライネが馬車に乗り込む寸前、セイドリックが声を掛けた。

「ミリアは彼女とは違う」

確かに、彼はそう言った。
それが何を意味するのか、ミリアにはわからなかった。
ただ、その時の悲しそうなライネの表情が、拭い去ろうとしても拭い去れないほど。
ミリアの心に大きな重石のようにのしかかった。